悪魔代行の契約者
青野 陽
第1話 悪魔来訪Ⅰ
夜の闇の中、古城の一室がぼんやりとした明るさに包まれていた。
円卓を囲んでいる十個の影が蝋燭の明かりに揺られている。
「俺達悪魔の復興の日は近い。」
「今、悪魔界は最も魔力に満ちていますしね。」
「フン。貴様らのような楽観主義者が足元をすくわれるのだよ。」
「なんだと、このくそジジイ。先に落ちぶれるのはテメエみたいな雑魚からだ。」
言葉が交わされるのと同時に影も大きく揺れている。
「気品に欠ける物言いだな。貴様は悪魔の風上にも置けないな。」
「いっつも上から言いやがって。ここで優劣つけてもいいんだぞ。」
「恥をかくのはどちらか、はっきりさせてやろう。」
向かい合う影の言い合いがデッドヒートしてきたその時、
「ドンッ。」
杖を床に力強くついた音が部屋中に響き渡った。音の主であるひと際大きな影に全員の視線が向いた。
「静粛に。我々悪魔理事機構の目的は悪魔界を平定することと、人間との調和を保つことである。そのことを忘れるな。」
その少しの間に部屋は荘厳な空気に包まれた。
「確かに、過去最も魔力が満ちているのは事実である。だからこそ今まで以上に気を引き締めていかなければならないだろう。とりわけ人間界との関わりも慎重にいかなければならない。皆の働きに期待している。」
そう言うと影は立ち上がり、卓上のゴブレットを手に取り高く掲げた。
「デモンズハートに祝福を!」
卓を囲っている影たちも次々にゴブレットを高く掲げて続いた。
「デモンズハートに祝福を!」
悪魔……俺はよくそう言われて避けられてきた。
一人での帰宅途中、部活帰りの中学生達が俺を避けて道を変えたのを見てそんなことを考えていた。
俺、
そうやってぼんやりと空を眺めながら家路をたどった。
「ただいま。」
誰もいない家に着くと、靴を雑に脱ぎ捨てて自室へと向かった。
週に何度かのバイトを除けばこれと言ってやることがないため、放課後という学生にとっては貴重なその時間をただただ無為に過ごしていた。
また共働きの両親のため、ほとんどの夕食がひとりである。
適当にあるものをつまむか。そう思い、帰宅から二三時間経った後リビングで夕食を済ませた。
ざっとシャワーを浴びると、また自室へと戻り漫画を読み始めた。そんな風に取り留めのない時間を過ごしていると、両親の帰宅する音が聞こえた。
二階建てである我が家は、一階に両親の部屋があり、二階に俺の部屋があるためあまり顔を合わせることも少なくなった。特に高校にあがってからは一層少なくなったと思う。
時計が零時をまわる頃、俺はベッドに入った。
眠り始めてからどれぐらい経っただろう。隣の部屋から何かが落ちる音が聞こえた。
眠い目を擦りながら、誰もいないであろう隣の兄の部屋へと足を向けた。
何年ぶりだろうか。小学生の頃までは毎日のように来ていた部屋であるがあの日以降ぱたりとこなくなった部屋に入った。
おそらく母であるが、物が綺麗に整頓され、部屋の隅々まで掃除が行き届いていた。
天井に届く高さの本棚、どこかの地域のお土産、海外で撮られた兄と現地の人々の写真など、懐かしさに浸っていると、ベッドの傍に一冊の本が落ちているのを見つけた。
漫画雑誌ほどの大きさに辞書ほどの厚さを持つその本は、書店に並べるには似つかわしくなかった。
海外に行くことの多かった兄だったので、きっとどこかで買ってきたのだろう。恐らく本棚から落ちて転がったその本を本棚の空いているスペースに戻そうとしたその瞬間、何かによって本が叩き落とされた。
その違和感に疑問を持ったのも束の間、落ちた拍子に本が開いた。
同時に一ページ、一ページとページがめくれ、さらにそのスピードがどんどん速くなっていった。
その様子に驚いてはいたが、なぜか落ち着いていた。というよりは、目の前の出来事に対して上手く反応できなかった。別段怖がることも、部屋を出ていくこともせず、ただただページがめくれていくのを見つめていた。
どこの国の言語かも分からない言葉や意味の分からない図が載ったページを数百ページほど進んだだろうか。その本は見開きいっぱいに赤いインクで魔法陣が描かれたページでピタリと止まった。その魔法陣の真ん中には右の手形が描かれていた。
魔法陣を見ているうちに、それがなんとなく自分に差し向けられたような気がして、その手形に自分の右手を重ねた。
ドクン、ドクンと心臓が鳴っているのが聞こえた。
ドス、という小さな衝撃の後にあたりを黒い霧が囲い始めた。
ぞくぞくと静かに充満していく霧に、自分のいる場所が現実から遠ざかっていく感覚に陥っていた。
また一段と心臓の鼓動が強くなっていた。
いつの間にか時計の針はその動きを止め、部屋はその色を失っていた。
そして、さっきの感覚が確信へと変わった。
本の上のあたりの霧がだんだんと濃くなっていき、やがてそれは人の姿に近づいていた。
瞬きする度に完成されていく姿はやがて一人の男になっていった。その姿かたちには一人というべきなのだろうかという疑問を持った。
というのも、男は痩せこけた体に古代ローマを彷彿とさせる古ぼけた服を纏い、頭は雑に伸びた黒髪に包まれていて、その上頭の左手には一本の角が覗いている。そして、黒白が反転した目がこちらを向いていた。
そして心臓の高鳴りが興奮を示していることに気が付いたのは、その男の一言の後だった。
「私と契約を結べ。お前の願いと引き換えに。」
低い声で放たれた言葉が、日常を割った音が聞こえた。
そう……確かに聞こえた。
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