第60話 思いがけない再会
矢野君は元彼の咲耶さんに会いたいと言っていたけど、
それは思いもしなかった形で叶ってしまった。
「長谷川様、長谷川陽向様〜
3番窓口までお越しください」
やっと名前が呼ばれたので、
僕は3番窓口へとやって来た。
「こちら処方箋になりますので、
お向かいの薬局でお薬をお受け取りになって下さい。
それと此方は区役所へ提出していただく書類になりますので、
必ず提出されるようお願い致します」
「はい、分かりました。
お世話になりました」
そう言って僕は貰った書類をカバンの中に入れた。
今日は新しい抑制剤ができたと言う事なので、
僕はその治験に応募し、
身体検査を受けにやって来た所だった。
検査の結果は良好で、
治験に参加しても問題無いと言う事だった。
僕は新しい処方箋を握りしめると、
向かいの薬局へと向かって歩き出した。
病院を出て小さな道を挟んだ向かいの薬局へ行くと、
自動ドアが開くのを待って中へと入った。
ロビーには思いがけず沢山の人が座っていた。
僕はキョロキョロとあたりを見回し、
一人分空いていたスペースに座った。
隣には3歳くらいの男の子を連れた男の人が座っていた。
携帯を取り出してゲームを始めると、
その男の子が覗き込んできた。
その子をみると、僕と目が合った。
「こんにちは」
そう言うと、その子はニコニコとして僕の顔をみた。
“未だ話せないのかな?”
左程気にせずに僕はゲームを続けた。
するとその子は僕の腕の間に入って来て、
膝によじ登って来た。
“えっ?”
と思ったけど、その子の母親らしい人は
虚な目をして床を見ていた。
男性だけど、きっとΩだろう。
向かいの病院はΩ専用の病院だ。
彼もきっとΩの病院に来ていたに違いない。
頸を見ると、ちゃんと噛み痕があるので、
番がいる事には違いない。
”どうしたんだろう?”
少し気になったけど、
僕は子供を膝に乗せたまま、
ゲームを続けた。
母親は未だ子供が僕の膝に乗っている事に気付いて無いみたいだ。
暫くすると、子供がキャッキャと笑い出した。
その時初めて母親は自分の子供が僕の膝の上で遊んでいることに気付いた。
「ごめんなさい!
少し考え事してたらボーッとしてました!
ほら、まぁ君、お兄ちゃんから降りて!」
「大丈夫ですよ!
僕、小さい子の面倒は見慣れてるので!」
「本当にごめんなさい。
普通は知らない人には滅多に懐かないんですけど……」
「本当に大丈夫です!
まぁ君って言ったっけ?
まぁ君はすごくお利口にしてるもんね。
ちゃんとお兄ちゃんのお膝でおとなしくしてるもんね〜」
そう言うと、まあ君はキャッキャと笑いながら僕の携帯を取り上げた。
「あ、まあ君ダメだよ。
携帯、ちゃんとお兄ちゃんに返して!」
そう言って今度は彼が僕の携帯をまぁ君から取り上げると、
まぁ君は泣き始めた。
途端に彼が硬直するのがわかった。
「大丈夫だよ。
僕、こういったシチュエーションにも慣れっこなんです!
ちょっと僕の携帯良いかな?
まぁ君、子供番組見ても大丈夫?」
僕がそう尋ねると、
「あ、はい、大丈夫です」
青い顔をして彼はそう答えた。
「まぁ君はどんなのが好きなの?」
そう尋ねると彼は、
「歌番組が……」
そう言って僕に携帯を渡した。
「ほら、まぁ君、一緒にお歌、歌おうか?」
そう言って歌番組を見せると、
まぁ君はキャッキャと喜んで、また携帯を見始めた。
「本当に本当にありがとうございます。
僕、ああいう場面になると、
未だパ二くっちゃて……
あの…… 僕は寺田と言います。
貴方は……」
「僕は長谷川です!
長谷川陽向です!」
「フフ、元気良いんだね。学生さん?」
「はい! 大学2年生です!
今日はホラ、新しく出来るって言う抑制剤の治験にやって来たんです!」
「へ〜 君若いのに治験に応募するなんて勇気あるね」
「へへ、最近ヒートが酷くって……
新しいお薬が出来るって事だったから、
藁にも縋る思いで……」
「そうか、良さそうだったら僕にも教えてよ。
僕も最近はヒートが酷くてさ……」
彼がそう言った時に少し違和感を覚えた。
彼の頸には噛み痕が有るので、
番がいるはずだ。
ヒートの時には番がその熱を取ってくれるはずだ。
じゃあ何故彼のヒートは……
一気に頭の中が野次馬根性に変わり果てた。
“ダメ、ダメ、彼のプライバシーに踏み込んだらダメだ”
そう思うと、首をブンブンと振った。
その時に、
「寺田様〜 お薬の準備ができました」
と窓口で呼ばれた。
「まぁ君おいで!
もう行かなきゃだよ」
彼がそう言っても、まあ君は聞こうとしない。
「僕が見てるので大丈夫ですよ。
お薬、貰って来てください」
そう言うと、寺田さんは
「じゃあ、すみません」
そう言って、そそくさとお薬を貰いに窓口まで行った。
それと同時に僕も隣の窓口で呼ばれてしまった。
僕はヒョイっとまぁ君を片手で抱えて腰に引っ掛けると、
お隣の窓口に進んだ。
「長谷川君、本当にごめんね」
隣から寺田さんが凄く気の毒そうに謝り倒して来た。
「そんなに気を使わなくても大丈夫ですよ。
じゃあ、外まで一緒に行きましょうね」
そう言うと、僕はまぁ君をもう一度しっかりと
抱き抱え、ドアへと向かって歩いて行った。
自動ドアがすーっと開くと、
何と、ドアの向こうには矢野君が立っていた。
「矢野君?! どうしたの?!
ずっと連絡取れなかったから心配してたんだよ!
どうして僕の電話に出てくれなかったの?!
それにしても…… ここへはどうして?
もしかして僕を探していたの?」
そう言った瞬間、
「光……」
後ろにやって来ていた寺田さんが、
今もらって来たばかりのお薬を落として両手で口を塞いでいた。
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