第40話 佐々木君

「だから言わんこっちゃないだろ?」


僕の様子を見ていた立川君が、

僕が戻って来るなりそう言った。


うなだれたようして椅子に座ると、

うつ伏せになって頭をテーブルの上に置いた。


「何だお前、泣いてるのか?」


と頭をクシャっとされた。


僕は立川君の手を払うと、

彼を無視して無言でいた。


「それで? あいつはお前が探してた矢野だったのか?」


立川君に尋ねられ、僕はコクンと頷いた。


「あいつ、お前の事覚えてなかったんだろ?

もういいんじゃないか?

見つかっただけ良かったじゃないか!


お前も出来る事はやったんだろうし、

世の中のαはあいつだけじゃないぞ?


まあ、お前でも良いって言うαは

どれくらいいるかは謎だけどな」


そのセリフに立川君を見上げると、


「君、傷心中の僕に良くそんなポンポンと……」


と呟いた。


「お前な、お前のこと見て思い出さなかったって事は、

向こうにとってはお前の事、

そこまで本気じゃ無かったんじゃないのか?


俺だったら恋人の事を見た瞬間に直ぐに思い出しそうだけどな」


立川君がそう言ったので彼の事をキッと睨んだ。


「何だ? 慰めてほしいのか?


こういう時ってどんな事を言っても助けにはならないだろ?


この俺自身がそれはよくわかってる!」


そう力説する立川君を眉をしかめて見上げると、


「なんだよ!

俺が失恋したら変なのか?


まあ、俺は偉いαだけど?

その辺のαよりもカッコいいαだけど?

こんな俺でも失恋するんだよ。


それもたかがΩにな。


あ~ 今思い出しただけでも腹が立つ!」


そう言ってプンプンしている立川君は、

恐らく慰めで言ってくれたんだろうけど、

感謝すれば良いのか、

同情すればいいのか、

困惑していると、


「長谷川君、立川の事は無視していいから、君は大丈夫?」


僕の事を心配して周防君が覗き込んできた。


僕はホッとしたように周防君を見ると、


「そりゃあ、凄くショックだったけど、

僕ね、矢野君が消えた2年前に涙は枯れるまで流したんだ。


もう流す涙は無いって言ったらうそになるけど、

今では立川君が言う様に、

彼が無事だって分かってホッとしているんだ」


と答えた。


でも、それで、


“無事でよかったです。では、はい、さよなら”


と言う分けにはいかない。


“何か方法があるはずだ。

きっと彼はまだ記憶喪失のままで

少なくとも僕と一緒に居た日々は忘れている……


でも潜在記憶の中に僕がいるはずだ。

でないと、今でもランドリー室に居るはずがない!


じゃあ、何処まで覚えている……?


凄く傷付けられたという前のボーイフレンドは覚えててるの?


僕はどうやったら矢野君に認識してもらえるんだろう?


どうやったら矢野君ともう一度知り合える?”


僕の頭の中はその事で一杯だった。


立川君や周防君の僕を慰めてくれようとする態度から、

きっと矢野君との過去を察知したんだろうと言う事が分かる。


「なあ、お前のそのチョーカーさ、

あいつに貰ったって訳じゃないよな?」


そう尋ねたのは立川君だった。


僕はチョーカーに手を当てると、

ブンブンと首を振った。


「まあさ、忘れられたものは仕方ないさ。

そこは犬にかまれたとでも思って……」


立川君がそういった所で、

彼は周防君に頭をはたかれていた。


周防君が顔の筋肉で


“お前、さっきからポンポン、ポンポン、

何て失礼な事言ってるんだ!”


みたいなピクピクとした様な表情をしたので、

その顔が可笑しくてプッと笑った。


周防君とはまだ会って一時間も経ってないのに、

僕の事を心配してくれる気持ちがうれしかった。


それに何時も上から目線の立川君が

本当は優しい人だと知って驚いた。


ランチなんて気分じゃなかったけど、

立川君が


「ほら、俺の奢りだ!

食え、食え!」


とサンドイッチを頼んで持ってきてくれたので、


「そうだね。

腹がすいては戦は出来ぬ!


サンドイッチありがとう!」


そうお礼を言ってサンドイッチにかぶりついた。


でも涙が後から後から流れて、

鼻水まで流れ出してきた。


僕が鼻水と一緒に涙を袖で拭い笑いかけると、


「お前、きちゃない顔だな~」


と立川君は笑っていたけど、

僕の背後を見た瞬間静まり返った。


「どうしたの? 急に静かになって……」


涙を拭きながら後ろを振り向くと、

矢野君と一緒にカフェに入って来た男の人が僕の後ろに立っていた。


彼は僕を見下ろしていたので、

直ぐに僕に用があるんだと分かった。


別に怖そうな雰囲気ではない。

矢野君のように高身長で爽やかな青年で、

おそらく僕らと同じような年齢だ。


どことなく矢野君に似ているような気もする。


「あの…… 僕に何か?」


彼はチラッと一緒に来た人たちのグループに目をやると、

矢野君がそこに居ないのを確かめた様にして僕に話しかけた。


「あのさ、君、光の知り合いだろ?」


僕は彼の質問に少し顔を歪めた。


「あ、スマン、違ったら良いんだ」


そう言って去りかけたとき、

彼の腕をつかんで


「待って! 君は誰なの?

矢野君とはどういう関係なの?」


と尋ね返した。


「スマン、いきなりで不躾だったな。


俺は佐々木仁。


光の従兄なんだ」


彼の答えに心臓がドクンと高鳴った。


「じゃあ……」


「君、陽向君だろ?


光に聞いたことがあるんだ。


君に話したいことがあるんだけど……

今は無理だから……


そうだな、今日7時にここに来れるか?」


そう言って彼は僕に小さくちぎったメモをくれた。

そこにはレストランの住所と彼の携帯番号が書いてあった。


僕はそれを確認すると、

コクコクと頷いて、


「行きます! 必ず行きます!」


そう言って

メモを小さく折りたたんで胸ポケットに入れた。


「佐々木君はグループを見直すと、

じゃあ、光が戻って来る前に戻らなきゃ」


そう言って颯爽と向こうにいるグループの中へ戻って行った。

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