第39話 記憶喪失
“ランドリー室?
何故ランドリー室?
彼だったらどの部署にいてもおかしくない身分なのに……
もしかして彼もあの夏の続きを……?
だったら、何故僕の前に現れてくれなかったの?
もしかして僕の元へ現れない理由がある?
僕に見つけてもらうのを待っている?
でも間違いない!
ランドリー室に居るのは彼だ!”
僕には確信があった。
途端に僕の胸に淡い期待が宿った。
“行かなくちゃ…… 彼が待っている!”
「ねえ、何処? ランドリー室って何処なの?」
僕は即座に席を立った。
「おい、おい、何をそんなに慌ててるんだ?
お前の慌て方、尋常じゃないぞ?
あいつの事、
お前の逃げた彼氏って言う分けじゃないよな?」
そんな僕を立川君は揶揄ったようにして見ていたけど、
僕はオロオロとすることしかできなかった。
何時までも話の進まない立川君にイラっとしていると、
「俺が連れて行ってやろうか?」
と周防君が申し出てくれた。
僕は周防君を見ると、いきなり
「お願いします。
連れて行ってください!」
とテーブルに頭を付いてお願いした。
「オイ、オイ、お前、大丈夫か?
いったい矢野ってお前の何なんだ?
まぁ、そんな事はどうでも良いけどさ、
悪いことは言わなから、
今会うのはやめておいた方が良いぞ?」
と横槍を入れたのは立川君だった。
僕は立川君をキッと睨んだようにして見た。
「どうして?
そんなに僕の邪魔をしたいの?
好かれてるとは思ってなかったけどそこまで言う?」
そう強気に出ると、
「いや、そういうんじゃないんだよ。
あのさ、うわさで聞いただけだから俺も本当かは知らないけど、
あいつ、記憶喪失らしいぞ?」
と言う返答が返ってきた。
「え? 記憶喪失?
記憶喪失って…… 事故なんかで何でも忘れてしまうっていうあれ?」
「それ以外何があるんだよ。
記憶喪失で記憶が良くなりすぎて
忘れていた記憶を思い出しました~って話、
聞いたことがないぞ?」
「嘘……」
僕は頭をハンマーで殴られたようなきもちになった。
“でも…… でも……
きっとあの夏の記憶が少しはあるんだ!
そうでないと、矢野君の身分で
この歳までランドリー室に居るはずがない!
矢野君が僕を一眼見ると、
いくら記憶喪失だと言っても、
何か感じてくれるはずだ!
なんと言ってもあんなに愛し合ったのだから……
それに僕の頸には……”
そう思うと居ても立っても居られなかった。
「それ、確かな情報なの?
それって矢野君の事なの?
誰か別の人って事は……?」
「悪いが、記憶喪失が本当かは分からないが、
対象になっていた人物が矢野光って事は間違いないな。
何度も聞いたことだからな。
俺の聞いた話によると、
2年前だったか?
高校最後の夏休みのお盆の頃に事故にあったらしいぞ?
空港に向かう途中だったらしい。
それから半年くらい眠りっぱなしで
目覚めたときは何も覚えて無かったみたいだな」
”それだったんだ!
だから彼は僕の元へ戻って来れなかったんだ!“
「それじゃ……
僕の事……覚えてない?」
「どうだろうな?
うわさに聞いただけだし、
もしかしたら全くのでたらめかもしれないし……
記憶喪失って言っても、
どの程度かも分かったもんじゃないしな。
もしかしたら今では記憶も戻ってるかもしれないし……
それにお前の探してる矢野光かも分からないぞ?」
そう言われて少し考えてみた。
でも間違いない。
事故にあった時期といい、
僕の元へ戻ってこなかったことといい、
きっと彼は僕の探していた矢野光に間違いない!
僕はそう判断した。
「ううん、きっと彼だ……
間違いない……
僕には分かる。
ねえ、ランドリー室って何処なの?
周防君、僕をランドリー室に連れてって!」
そう言うと立川君は僕の腕を取り、
「まあ、まあ、そう慌てるなよ。
あいつさ、いつもきっかり12時にここに来るんだよ。
ここで待ってたら直ぐにやって来るぞ」
そう言って僕を引き寄せた。
携帯で時間を確認すると、
11:54とあった。
“あと6分……”
「ほら、あそこのエントランス見ておいてみな。
いつもあそこから入って来るんだよ。
ランドリー室はあっちにあるからな」
立川君が指をさす方に目を向けた。
おそらくランチ休みに入り始めたんだろう。
どっと人が流れ始めた。
“これじゃ分からない……”
そう思い僕は
「人ごみで見え隠れするから、
ちょっと向こうまで行ってみる。
本田さんはここで食べてて。
彼を見つけたらすぐに帰ってくるから!」
そう言うと、僕はエントランスに向かって歩き始めた。
僕の心臓はこれほどといってないほど脈打っている。
それに全身に震えが走る。
“矢野君に会える。やっと……”
瞬きをした瞬間に通り過ぎて行ってしまいそうな感覚に、
僕は目を見開いて人が通り過ぎるのを見ていた。
その時、
「お前、アホだな~」
という声が風と共に僕の横を通り過ぎたような感覚に陥った。
途端、全身に震えが起こった。
「こいつ、洗剤の量間違えてやんの~」
「いや~ 矢野君、私の失敗をばらさないで~」
彼の声と共に可愛らしい女の子の声も聞こえる。
“矢野君が女の子と楽しそうに会話している……”
僕は一人でムスッとしてやって来る彼を想像していた。
僕は振り返るのが怖かった。
でも楽しそうに会話する矢野君の声はだんだんと近づいてきた。
僕は思い切って後ろを振り返った。
一瞬びっくりして僕の事を見る矢野君と目が合った。
振り向いた瞬間、
矢野君が僕の目と鼻先にいたから。
「おっと~」
そう言って彼が立ち止まった。
僕は涙が出そうになるのを堪えながら、
じっと彼を見つめた。
“気付いて……
僕に気付いて!”
祈るような気持だった。
「や……」
勇気を振り絞ってそう言いかけて手を上げようとすると、
彼はまるで知らない人を見たかのように僕を無視すると、
隣にいた人とまた笑顔で話し始めて僕を通り過ぎて行ってしまった。
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