第21話 矢野君の秘密
僕たちの降り立ったその地は、
周りを岩と熱帯植物で囲まれた小さな開けた空間で、
岩々のいたる所から水が湧き出て流れ出していた。
その中心にある岩場から流れる小さな滝のような水の流れの先には、
小さいプールのような池なのか水たまりなのか分からないようなスポットがあり、
その水はターコイズブルーで目が覚めるような色だった。
「凄い~ 神様が住んでいるみたい~」
僕はそこに広がる空気を胸いっぱいに吸うと、
ゆっくりと吐き出した。
「なあ、俺はお前の事を信じても良いのか?」
この空気を体いっぱいに感じて目を閉じ瞑想している僕に、
矢野君が不意に尋ねた。
僕は矢野君を見ると、
“???”
というような顔をした。
「まあ、ここに座れよ。
実はな、お前に話したい事があったんだ……
ここは俺の特別な場所だから、
ここで話すのが一番いいと思った」
水辺にある低い平らな岩に二人で腰を下ろすと、
矢野君が僕の手を握って来た。
少し震えているような感じもする。
彼は一呼吸おいて深呼吸して目を閉じると、
何かを決意したような表情になった。
「俺はさ、恋愛に対してトラウマがあるんだ」
と話し始めた瞬間、
“やっと話してくれるのかな?!”
と期待した。
でも彼の話の内容は、
僕の想像を絶するものだった。
「トラウマ……?」
矢野君は首を縦に振ると、
「俺は恋愛に対してトラウマがあるから、
言い寄ってくるものが信用できない」
そう言われて僕は頭を殴られたような気持になった。
「それって……
僕の事も……信用できないって事なの?」
そう尋ねと彼は首を横に振りながら、
「信じたい気持ちはある。
お前の事は裏表のない奴だとは思う……」
と言いかけた。
「思うけど……何?」
先を聞くのが怖かった。
「昔の経験を思うと、
どうしても一歩が進めない……」
「ねえ、一体昔に何があったの?
矢野君がその経験から
恋愛を信じられないと言う気持ちもあるとは思うけど、
僕は本当に矢野君が好きだから、
僕の気持ちは否定しないでもらいたい。
矢野君には最初から色々と僕の本音とか話してるから
説得力はないと思うけど、
矢野君の事は僕のそんな思いとは反して好きになったんだ」
矢野君は僕を見ると、かすかに笑って、
「でも最初はただセックスがしたくて興味を持っただけだっただろ?
それにヒートに煽られたようなところもあったし……」
とそう言った。
確かにそう言われると、否定できない部分もある。
でもそんなことも含めて、
矢野君が僕に心を開こうと努力している姿に惹かれたのも確かだ。
「矢野君の言ってることは否定しない。
最初に会った時は、なんていけ好かない野郎だろうって思ったけど、
でも、僕は矢野君の本当は優しいところも、
不器用な所も知って、そう言う部分を好きになった。
だから、僕の事は信じて。
僕はちゃんと矢野君が矢野君だから好きなんだから。
ねえ、前に何があったのか、
話してくれるよね?」
僕がそう尋ねると、矢野君は重たかった口を開き始めた。
「俺さ、高校に入った頃凄い粋がっててさ、
未成年なのにカッコつけてバーに出入りしてたんだよ。
その時はすでに、優に身長は180は超えてたし、
見た目だけだと大学生とそう変わらないし……
そこで出会ったんだ……
運命だと思ったよ……」
そこまで聞いたとき、ピンと来た。
「その人と何かあったんだ……」
矢野君は遠くを見つめて頷いた。
「俺は本気だったんだ……」
彼が泣き出した。
僕はそっと彼の肩に腕を回すと、
そっと自分の頭を彼の肩に乗せた。
「つらい思いをしたんだね。
僕、矢野君にそんなに思われた人がうらやましいよ」
僕も泣いた。
「あいつには俺の他に本命が居たんだ……」
「じゃあ、二股?」
「いや、あいつの本命には彼女がいた……」
「え? ちょっと待って……
頭を整理させて……」
僕は涙を拭きながらどうにか精神を保とうと頑張った。
「矢野君の好きだった人には本命が居た。
でも本命とは付き合っていなくて矢野君と付き合った?
だから二股ではない。浮気でもない、でいい?」
彼は小さくうなずいた。
「俺は知らなかったんだ。
あいつに本命が居る事……
俺の事……愛してるって……
俺だけだって……
永遠に一緒に居るって……
俺しかいないような口ぶりで近づいて……
信じていたんだ……
心から信じていたんだ……
そしてあいつが妊娠した」
僕はその告白に度肝を抜かれた。
「えっ????!!!!」
「俺の事、軽蔑するか?
もう嫌いになったか?」
矢野君が僕を試すような目で見た。
確かにその情報は僕には大きすぎて頭が追いついて行かない。
頭を鈍器で思いっきり殴られたような感覚だった。
「そんな…… 軽蔑するなんて……
子供が出来るって凄く……幸せな……
幸せな事じゃない……?
そっか…… 矢野君の……
赤ちゃんか…… ハハ……
もしかして……恋人の事……噛んだの?」
挙動不審になってしまったけど、
そう言うのが僕にとっては精一杯だった。
矢野君はフッと小さく笑って首を振るだけだったけど、
僕の反応をどうとったのかは定かではない。
でも淡々と続きを話してくれた。
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