第20話 秘境
一日の仕事の終わり目に矢野君がやって来た。
「なあ、ちょっと見せたい場所があるんだけど、
この後いいか?」
「うん、うん、何?」
「仕事終わったら裏の岩場で待っててくれるか?
俺の作業が終わったらすぐに行くから」
矢野君にそう言われて、
“何だろう?”
とワクワクしながら一日を終えた。
夏の日の入りは夜の7時頃だからまだ夕暮れには早い。
でも太陽はずいぶん低くなってきていた。
ここに居ると時間がゆっくりと流れていて、
海を眺めてボ〜ッとしていると、
別世界に居るような感覚に陥る事さえある。
時には、無性に何だか懐かしく感じて、
涙が出そうになる事だってある。
短い間ではあったけど、
最初は上手くやっていけるかすごく不安だった。
キラキラと光る海を見ながら
”来て良かった“
そう思っていると、
「すまん、待ったか?」
そう言って少し遅れて来た矢野君の顔を見た瞬間、
思いがけない想いに駆られて、
気がつけば彼を抱きしめていた。
「どうしたんだ? いきなり?
まあ、お前らしいっちゃ、お前らしいんだけど……」
不思議そうに僕を見つめる矢野君が堪らなくて、
「好き、矢野君がすごく好き」
と言ってしまった。
「大胆な告白だな~」
ときたけど、矢野君は僕に
“好き”
とは言ってくれなかった。
付き合ってはいるけど、
まだ矢野君の心がどこにあるのかは分からない。
“焦りは禁物、焦りは禁物”
そう自分に言い聞かせて、
これまで感じた事のない感情を感じながら、
「で? 見せたい場所って?」
そう尋ねると、
「こっちだ」
そう言って、僕の手を取って導いてくれた。
「ちょっと岩場が険しくなるけど、
足元、気をつけてな」
そう言われて、足元に気をつけながら進んでいると、
「今度はちょっと登るけど、
危なくは無いから」
そう言われて、上を眺めた。
確かに崖のようにはなってるけど、
割と緩やかで登れ無い事は無い。
でも道になっていないので、
岩を掴みながら登るような感じだ。
「分かった」
そう言いうと、岩を掴んで登り始めた。
「フウ~、フウ~」
ちょっと息継ぎしながら登っていると、
「ハハ、お前、運動不足だな。
直ぐにメタボるぞ」
と矢野君に直ぐに指摘された。
これまで運動という運動をあまりしたことがない。
「ハ〜、ハ〜面目ない」
声にならないような声で返事をすると、
「ほら、俺の手を取れよ」
そう言ってもうすでに登り終えた矢野君が手を差し出してくれた。
「ここから少し歩くから」
そう言われて周りを見回すと、
熱帯植物らしきものが覆い茂っていて、
獣道のような道が出来ていた。
「よくこんなところ見つけたね」
汗を拭いながら尋ねると、
「小さい時に何度か来た事があるんだ」
と返事が返って来たのでびっくりした。
「えーやっぱりお金持ちじゃん!
こんなとこ何度も来るなんて。
僕、今回初めて福岡から出たんだよ。
飛行機に乗ったのも初めてだったし。
でもあれは怖かったね。
揺れるんだもん。
僕思わずお守り握りしめてお祈りしちゃったよ」
そう言うと、矢野君は笑っていた。
「ねえ、もしかして昔の恋人とも来た事あるの?」
思わず口から出てしまった。
僕は矢野君が囚われている過去に嫉妬しているのかもしれない。
あそこまで彼を苦しめている経験が悪く言うと羨ましかった。
それだけ彼が
“本気だった”
と言う事だ。
僕の事は未だそこまで来ているとは到底思えない。
もしかしたら過去の恋愛の事じゃないかもしれないけど、
僕の感がそう言っていた。
矢野君は僕の方を見ると、何か思ったのか分からないけど、
「違うよ。
連れてくるのはお前が初めてだ」
そうは言ってくれたけど、
本当は優しい彼の事だ。
もしかしたら僕の事を思って嘘をついてくれているのかもしれない。
僕がジーっと彼の事を見つめると、
「此処は……俺の大叔母さんが凄く好きだった所で、
内緒で教えてもらった所なんだ……」
と言った。
「大叔母さん?」
「ああ、一花さんって言って俺の曾祖父の姉だった人なんだ」
「へー凄いね。曾祖父? 長生きの家系?」
目を丸くして尋ねると、
「イヤ、普通〜
ただ、家の家系ってあの頃の結婚が異様に早かったんだよって言うか、
多くが若くして子供産んでるんだよ。
俺は一花大叔母さんが大好きで、
良く彼女の所に居たんだ。
まあ、家はα家系になってしまったけど、
その中で唯一のΩだったんだ。
何だか無性に彼女の事を特別に思って
良く彼女の両親の事について話てくれてさ、
凄い大恋愛だったらしくて、
それがいつしか俺に取っての物語って言うか、俺もそんな……」
そこまで来た時、
「ほら、此処だ」
とその場所に着いてしまった。
「うわ〜 何これ!
ちょっと離れた所にこんな所が有るなんて……
凄い〜 ここ、未だ日本だよね?
え〜 此処こそ天国に一番近い島なんじゃないの〜!」
そこに現れた景色は、決して大きい物では無かったけど、
未だ誰にも発見されてないような秘境のような所で、
パワースポットにでもなるようなそんな場所だった。
すごく感動して当たりを見回す僕を
ニコニコとして見ていた矢野君だけど、
僕は矢野君の言いかけた
「俺もそんな……」
の続きをいつか聞いてみたいと思った瞬間でもあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます