第18話 台風の後で

海は穏やかなもので

二日前に台風が来たばかりだとはとても思えなかった。


「やっぱりここに居たのか」


海を眺めていると、矢野君がやって来た。


「あっ、矢野君! おつかれ〜

矢野君も座る?」


そう尋ねると、矢野君も僕の隣に座った。


「ヒートはどうだ? 薬はちゃんと飲んでるのか?」


「大丈夫だよ。

イレギュラーだったから大した事無かったし、

昨日と一昨日で熱もだいぶ治ったよ。


矢野君には感謝、感謝だね!」


そう言って舌を出すと、矢野君に肩を押された。


あれから僕達は二日続けてセックスをした。


台風の中落ちた電気も、

次の日のお昼頃にはちゃんと戻ってきた。


そしてその夜は僕はやっと見たかった物を拝む事ができた。


実際にそれは


“拝む”


という言い方がぴったりの光景だった。


矢野君には、


「お前、何に拝んでるんだよ」


と怒られてしまったけど、

それは、それは目が覚めるほど立派で、

それを目の前にして、

跪いて拝まずにはいられない程だった。


僕は涼しい顔をして海を眺める矢野君をチラッと見ると、


「ねえ、もう直ぐお盆休みが来るじゃない?


僕たちバイト生にはフル休暇が認められてるけど、

矢野君はどうするの?」


と、ちょっと偵察を入れてみた。

できれば一緒に居たかった。


矢野君は一呼吸置くと、


「俺は実家から呼び出し食らったから帰るよ。


お前は?」


と尋ね返した。


“残念、此処には残らなのか〜”


と思ったけど、


「う〜ん、施設に戻っても何もやることないし、

僕が居なければ1人分の食費が浮くからね〜


ここに残ってシフト入れようかなって思ってる」


そう言うと、


「お前、一緒に俺ん家に来ないか?

東京、来たことないんだろう?

案内するぞ?」


と嬉しいお誘いがあった。


でもまさか、まさか実家に誘われるなんて

夢にも思っていなかった。


僕には彼の家族に会う勇気なんてサラサラ無いけど、

その前に東京へ行く費用さえも無い。


その時は、


「考えておくよ」


そう言ってその場をやり過ごした。


「なあ、お前さ……」


「うん? 何?」


「いや、俺たちさ、なあなあにセックスしたわけじゃん?」


「えっ?! あれは矢野君にとってなあなあだったの?!」


と揶揄ったように言うと、


「いや…… そういうつもりで言った訳では……」


と慌てていたので、


「クスクス、大丈夫だよ!


そんな一回や二回寝たくらいで彼氏面したりしないから!


それにあれは元を正せば

僕が強制したみたいな形になっちゃったし……


まあ、矢野君は犬に噛まれたとでも思って……」


そう言いかけた時、


「お前、なんだ、その言い方は。

自分を安売りするんじゃ無い!


あれはどう見ても合意の元だっただろう。


お前が悪いんじゃ無い……


いや、そうじゃ無くて、俺が言いたかったのは……」


「ん? 何?」


と何でも無いようなふりをして受け応えをしたけど、

僕は矢野君の気使いが嬉しくて、

少し泣きそうな気持ちになった。


今まで僕には矢野君のように接してくれた人は居なかった。


「いや、結局はセックスをしてしまったけど、

お前は俺とどうなりたいとか考えてるのか?」


矢野君のいきなりの問いに少しびっくりした。


まさか矢野君がそんな事を考えているなんて微塵も思っていなかった。


「う〜ん、やっぱりお付き合いしたいかな?


矢野君の事もっと知りたいし、

僕の事ももっと知って欲しい。


そして出来れば、いつか、

夢でうなされる理由も教えて欲しい……」


そう言うと矢野君は小さく微笑んで僕の頭をクシャッと掻き回すと、


「そうだな……」


と一言言った。


“そっれってイエスなの? それともノー?”


どっちなのか分からなかった。


でも焦りは禁物。

やっと心を開き始めてくれたから、

この関係を崩したく無かった。


「休憩もう終わるな。

そろそろ行くか?」


「そうだね」


そう言うと、先に立った矢野君が僕に手を差し出してくれた。


矢野君の差し出された手を見て、

その次に矢野君の顔を見ると、


「ありがとう」


と言ってその手を取った。

途端、矢野君はグイッと僕を引き寄せてキスをした。


そしてニカっと笑うと、


「じゃあ、お付き合いから始めますか〜?」


といたずらっ子のように言った。

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