第5話 夜の発作

その夜僕は、うなされるような声で目が覚めた。


“う~ん、何の声?”


重たい瞼を擦り擦り起き上がると、

真っ暗な部屋が目に入った。


“このままでは何も見えないや……”


明かりをつけて矢野君の睡眠の妨げになるのも憚れたので、

窓の所まで手探りで歩み寄ると、

カーテンを少し開けて月明かりを入れた。


真っ暗闇に差し込む月明りは、

恐ろしいほどに部屋の中を照らし出した。


部屋を見回すと、唸っている矢野君が目に入った。


カーテンをもう少し広げて矢野君の顔に光が当たるように避けると、

月明かりに照らされた矢野君の顔は赤く蒸気して、

汗が一杯出ていた。


“ハア、ハア”


と息苦しそうに息をする彼をみて、

只事ではないと悟った。


「矢野君、大丈夫?

怖い夢を見てるの?


凄い汗だよ?


僕の声が聞こえる?」


彼の体を揺さ振って起こそうとするけど、

彼は一向に起きる気配が無い。


彼の体が痙攣を起こしたようになったので、

彼の体を支えようと彼の上に被さった時、

熱がある事に気付いた。


「大変だ…… 誰か呼んでこなくちゃ」


僕の方がどんどんパニックになって来た。


「大丈夫? 大丈夫?


救急車? 救急車が良いのかな?


あ、フロントに電話…… え?フロントに電話ってどうすれば……


一走りで行ってみるか?」


僕がガウンを着て部屋のキイカードを握りしめた時、


「行くな…… お願いだから一緒に居てくれ……」


と矢野君が語り掛けた。


「矢野君、起きてるの?

大丈夫なの? 僕の声聞こえる?」


そう耳元で話すと、彼は僕の手を取り

ギュッとその手を握りしめた。


でも彼はまだ眠ったままで、

無意識のうちにやっているようだ。


僕は暫く様子を見ようと思って

彼のベッドの横に座り込んだ。


1分もすると、彼の呼吸が起きてるの日ついて来たように感じた。


「矢野君、待ってて、冷たいタオルを持って来るから!」


そう彼の耳元で囁くと、

彼のしっかりと握った手を、

そっと引き離した。


急いでバスルームまで行くと、

水でタオルを固く絞り、汗を拭くと、

また水で濡らした後今度は緩めに絞り、

それを彼の額に置いた。


「大丈夫だよ。大丈夫だよ。


僕がずっとついてるからね」


そう囁くと、矢野君は僕を抱き寄せてしがみついて来た。


だから僕も抱き返してあげた。


その間彼はずっと泣いたようにして、


“ごめん…… ごめん……“


と誰かに謝っていた。


”一体どうしたんだろう?

彼の第二次性と何か関係があるんだろうか?


うなされる程深刻な問題?“


僕はうなされる彼の頭に手を置いて、

ずっと彼の髪を掬った。


何度目かのタオルを交換した時、

いつの間にか僕も眠りに落ちてしまった。


“あれ? もう朝?”


開いたカーテンから今度は入り込んでくる朝日で目が覚めた。


ベッドを手探りでチェックすると、

矢野君はすでに起きた後で、ベッドはもぬけの殻だった。


「あれ? 僕……

ごめん、あのまま寝ちゃったんだ!


ベッド占領しなかったよね?!」


慌ててベッドから滑り降りると、

矢野君はすっかり元気で、

前日と変わらない彼がもう既に出来上がっていた。


僕が矢野君のベッドで寝ていたにも関わらず、

彼は何も言わなかった。


ただ黙々と今日の準備をしていた。


きっと昨夜何があったのか分かっているのだろう。

そんな感じだった。


「お早う……」


と声を掛けると、


「おう」


と返事をしてくれた。


”凄い! 昨日からすごい進歩だ!“


「ねえ、朝食はどうする?

部屋まで持ってこようか?」


僕がそう尋ねると、


「いや…… ちゃんと食べに行くよ」


と答えてくれた。


「じゃあ、待ってて、僕も直ぐに準備するから一緒に行こう!」


そう言うと、彼は気不味そうに


「昨夜はすまない」


と小さく言った。


「ねえ、昨夜みたいなことってよくあるの?

病院とか行った事は?」


心配して尋ねたのに、

彼はもう素の彼に戻って黙りを決め込んだ。


”キ〜 せっかく心配して尋ねたのに、

もう知らない!


又うなされたってもう知らん振りするわ〜!!“


と僕のお腹はグツグツと不満が溜まり始めた。


でも僕は本当に彼の事が心配だった。

あんなにうなされて熱まで出して……


風邪とかじゃなさそうだったから、

きっと精神的なものだろう。


やっぱり彼の言っていた


”ポンコツ“


に関係しているのかもしれない。


社員用食堂に着くと、

僕はちゃっかりと矢野君の隣に座った。


彼もそんな僕に慣れて来たんだろう。


少なくとも、昨日のような舌打ちはしなくなった。


「矢野君、座ってて!

僕が矢野君の分ももらって来てあげる!」


そう言うと、


「病人扱いするな。俺は大丈夫だ」


と来たもんだ。


「え〜 昨夜はあんなに苦しんでたんだよ。

熱もすごかったし……」


「俺は大丈夫だと言っただろ。

昨夜のような事は日常茶飯事なんだよ。


慣れたもんで病気なんかじゃ無いから」


そうは言われたけど、


”あんなに苦しそうに何度も何度も謝っているって普通じゃ無いでしょ?


そのことまで知ってるのかな?“


と矢野君はそう言った状況の自分が、

どんな感じなのか本当に全て知ってるのか疑心暗鬼になった。


でも矢野君は大丈夫だと繰り返すばかりで、

平行線のままだ。


余り追求してもプライバシーの侵害とでも言われたらお手上げになるので、

それ以上突っ込んで聞く事はやめた。


でも朝食を持って来た矢野君のトレイを見てびっくりした。


「ちょっ…… 朝食ってそれだけ?」


矢野君が持って来たのは

一枚のトーストとコーヒーだけだった。


「ちゃんと食べないと1日持たないよ?

だから熱だって出やすいんじゃ無いの?


ほら、これとこれも食べて!


それと、これとこれも!」


お節介だと言われても、

あれだけじゃ本当にお昼まで持つかわからない。


昨夜の今朝だし、

仕事中に倒れたりでもしたら……


そう思うと、気が気じゃ無かった。


「お前、俺のお袋か?!」


と矢野君には文句を言われたけど、

そこはガンとして引かなかった。


「お前ん家の食卓っていつもこんな感じか?」


「家? 家はもっと凄いよ。

でも早く食べないと皆無くなっちゃうんだ」


「何だ? 兄弟多いのか?」


「いや、多いって言うか、

僕、両親居ないから、施設にいるんだ。

だから子供達も一杯で……

食事のときなんかは競争なんだよ。

一歩でも出遅れると、食いっぱぐれるからね」


そう言うと彼は一言


「お前も苦労してるんだな」


そう言うと、黙り込んだ。

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