The girl who plays with the Raven §2

「あの、実はこれ私が……」

渕梨リンゴが申し訳なさそうに横から言ってくる。

「「え」」

私と一ノ瀬マリーが同時に発する。

「私がV WINDに所属が決まる直前に出演オファーが来ていて、矢崎さんと相談した結果こういうコラボって形になったんです」

「へぇ〜」

と荒巻ユイが溢す。

「ごめん、メロンちゃんがスポンサー持ってるのは知っていたから、勝手にその」

「いやいや、なんでハル先輩が謝るんですか! こうして皆さんと同じ仕事が出来てよかったです!」

屈託のない笑顔でリンゴが笑う。

「すごいぞ〜リンゴちゃん!」

「うぁ〜〜!」

とマリーがリンゴを抱き寄せ頭を撫でる。

ということは、彼女がこの仕事を持っていたから社長は彼女を採用したのか? そんな邪険な思いが一瞬湧く。いや、そんな筈は無い。と自分に言い聞かせた。

 収録は最初、全員でイベントゲーム用の会話パートから収録し、その後キャラクター個人のセリフを収録した。今日居ない人のセリフを音響スタッフのお兄さんが代読するので、その声の違和感に皆で笑いながらゆったりと進んでいった。

録音ブースは2つあったので、平行して収録されスムーズに進行した。個人セリフの後は戦闘用の掛け声等も録った。

「ハァッ! ハァーッ!」「そこッ!」「くらえッ!」「行くぞッ!」「退却する……」「我々の勝利だ!」「我々の敗北だ……」「魔術領域展開!」「刻め私の名を。グランドスラムを制する者の名だ!」……

等と文字で見ればアホらしいが、テンション高く日常生活では言わないような言葉ばかり連呼して私は楽しく収録を終える事が出来た。


 今日は私は適当な雑談配信をしていた。そういえば久々のフリートークだったので、先週一ノ瀬マリー、荒巻ユイ、渕梨リンゴという珍しい組み合わせで“とある収録”を行ったと、匂わせる事を言った。

「まぁその4人っていうのも、単純にその日スケジュールが空いてたから集まっただけで、V WINDの全員が参加してるよ」

『めっちゃ匂わせるやん』『新しいアルバム?』『たのしみ〜〜』等とリスナーも食いついてる。

「ごめんなー。来週中には情報解禁なのでしばし待たれよ。でね、その収録終わってから4人で焼肉行ったんよ。スタジオ近くのね。で、私とマリ先輩は注文したり肉焼いたりしてたんだけど、マリ先輩自分はあんま食わないで『ちゃんと食べてる? ホラこれも焼けたよ』とかみんなに肉どんどんよそってあげててさー、完全にママだったよね〜。まぁユイはいつも通りの女児ムーブだったんだけど、リンゴちゃんも参戦してもう1人子供が増えたみたいなカンジよね」

ケラケラと笑いながら収録後の裏話を続ける。

「そーそー、ホントみんな解釈一致なムーブしてて草だったわ〜。リンゴちゃんがほんと女児ムーブ全開でさ、みんなまだ肉食ってんのに『アイスまだですかぁ〜?』ってめっちゃマリ先輩に懐いててさ〜いや尊かったよねぇ〜」

としみじみ語る。

『マリ先輩ダイエット中?』『あのマリ姉が肉を食わない…?妙だな』

等というコメントを見つけた。

「あ、オメーらマリ先輩に通報してやっからな。マリ先輩だって私とかみたいな可愛い後輩が出来て母性が出て来ちゃったんだよきっと」

『え?』『なんて?』『私みたいな可愛い後輩????』

「うるさいな! とりあえずさっきの奴らはマリ先輩に通報しておきましたんで。首を洗って待ってな」


 そうして翌週、私達の『グランドスラム・レジェンズ』コラボイベントが3月末のアップデートで実装される事が公式から発表された。やはりこのゲームの人気度は相当なものの様で、V WINDファンのみならず他企業のVTuberや『グランドスラム・レジェンズ』プレイヤーの間でも話題となりTwitterのトレンドにも載った程だった。

 そして3月26日昼に行われたアップデートで遂に実装された。私もその日の21時からゲームプレイ配信を行う予定にしていた。その前に20時から舞波メロンの配信が入っていた。彼女は14時から早速グランドスラムの配信を行っており、丁寧なプレイと解説で安定の配信を既に行っていたのだが。配信タイトルに『雑談+告知』とあり、彼女に関する事で告知事項はあっただろうか? と思ったが深くは考えず、配信の準備をする傍ら彼女の配信を覗いてみる事にした。10分程雑談をした後、20時30分頃。

『はい、じゃーでは告知の方いきましょうかね。こちら、じゃん!』

彼女の掛け声と共に画像が表示される。いつもの彼女の飄々とした喋りで告知を始める。

『こちら! ご存知の方も多いでしょう、老舗ゲーミングPCショップ“ハイコン”でお馴染み『Hai/Computer』さんの公式アンバサダーに、私舞波が就任しました〜! ぱちぱちぱち〜』

舞波の立ち絵とそのPCショップのロゴ、それにゲーミング用らしいPCの画像が並んでいる。

私は素直にその告知の内容に驚いた。その様な情報は聞いてなかったし、この様な企業案件を、別の企業案件の日と被せて告知するとは思いもしなかった。

『――でまぁ、私の役割としては、ハイコンさんのPCをお借りして、実際に普段の配信で使ってみたり、たまにレビューしたり。あとはハイコンさんのYouTubeチャンネルに私がお邪魔したりします〜。よろしくお願いします〜』

その後もハイコン製品のPR等も行っていたが、私は配信を閉じた。向ける矛先の無い感情が胸を一杯にする。これが人気、実力の差なのか。確かにファンを増やすことも重要だが、その先には企業をバックに付けるという事も重要な仕事だ。そんな当たり前の事、分かっている。分かってはいるが……。

私はその微妙な感情を引き摺ったまま配信を開始してしまった。


 六聞ミズホもまた、同じ様な感情を覚えていた。初めて3期生と顔を合わせた時から分かっていた、彼女らは瞬く間に人気になると。まだデビュー3ヶ月弱にも関わらずチャンネル登録者は3人とも10万人を超えている。七海ハルよりも圧倒的に早い。彼女らの配信も言わずもがな面白い。だが彼女らは余りに“慣れすぎて”いるのだ。人前に立つ方法を、配信の勝手を知り、強力なコネも持っている。その傲慢さが既に滲み出ているのをミズホは感じていた。嘗て私が七海ハルへ抱いた嫌悪感以上の物を感じさせる人間が3人も“後輩に”居るのだ。

ミズホは自室のデスクトップPCに向かい、七海ハルの配信を見ていた。深い溜息を吐き出し、イスへもたれ掛かる。

「七海ハル……あなたはどうする?」

モニターには例のゲームでガチャを引き、レアな六聞ミズホのキャラクターが出て空元気にはしゃぐ七海ハルが居た。


 優は凛の胸に後頭部をくっつけ、湯船に沈んでいた。凛の両腕が優の身体を優しく抱いている。

眠ってしまいそうな程に優は脱力し、彼女へ身体を任せていた。凛の右手がそっと持ち上がり、優の乳首をつまむ。

「ちょ、痛いんですけど」

「お嬢さんが眠って溺れないようにしてあげたんだよ」

「うざ」

優が左手を自分の腰の後ろに回し、凛の腿の内側へ指を這わせる。

「えっち!」

凛が両手で湯船のお湯を掬い優の顔へ掛ける。

「やったなー!」

優も身体を離し凛と正対し、目一杯両手でお湯をかける。そしてお互いに大声で喚き合いながらお湯をかけ合う。

1分程の攻防が終わり、2人して息を上げながらお互い体育座りの形で向かい合って座っていた。

「最近さぁ、3期生調子乗ってない?」

「え?」

唐突な凛の冷たい言葉に目を丸くする。

「だってさぁ、企業コラボなんか3人連続でやっちゃってさぁ〜」

「でもそれは……」

「分かってる、そんなの嫉妬。でも何と言うか、何かが鼻につくんだよな〜〜」

沈黙。2人とも減ってしまった湯船の水面に視線を落としている。

「……凛の言いたい事は何となく分かるよ。何て言えばいいんだろう、“小慣れ感”というか」

「そーそー! 面白く無い素人がお笑い芸人のモノマネしてるような寒さ」

「そう言われると、アイドルもどきの私の心も痛いよ」

「私も痛えわ……」

「なんじゃそりゃ」

また2人で笑い、凛が上がろっかと言う。2人が同時に立ち上がり、お互いに見つめ合う。

「キスしていい?」

「今更訊く必要ある?」


 風呂から上がり、近所のスーパーマーケットへ酒を買いに2人で出かけた。13時を過ぎ、4月を前にしてもまだ肌寒い。が、昼間から酒を飲むという快楽を得る為にはやむを得ない。そもそも彼女が家に来ると分かっていれば何かしら準備していたし、更に急に来たかと思えば開口一番『一緒にお風呂入りたい』等と彼女が駄々を捏ねなければ……いや、流された自分にも責任がある。それに、2人だったらどこへ行くにも楽しいから、別にいい。

 一通り買い漁り、帰路に着く。家に着く前の人通りが少ない道で、彼女と手を繋いだ。外で手を繋いで歩くのは初めてで、たったそれだけなのにとてもドキドキした。弱っている私を見て、彼女は心底嬉しそうだった。

 そんな2人を、古谷あかりが遠くから眺めていた。


 あっという間に4月に入ってしまった。月の頭には、音無イチゴが自身でプロデュースしたアロマオイルや化粧水という、VTuberではあまり見られないコラボ商品が発売開始され話題となった。3期生3人連続企業コラボのラストだ。この裏側には、YouTube上での彼女の人気に目を付けた元モデル仲間の人間が、立ち上げたブランドの商品の良い宣伝になると考えコラボに至ったという経緯があった。本当にとんでもない人脈だ。

 一方の私と言えば、今日はカイ・ユイを迎えてチャンネル登録者数60万人記念のオフコラボ配信を行う予定でいた。3期生渕梨リンゴと舞波メロンも登録者20万人を超え、相変わらず恐ろしいスピードで伸びている。2人は声優と元プロゲーマーと、VTuberの視聴者層の趣向にも合致している、納得の人気という感じだ。だがしかし、先日3期生3人でのコラボ配信の中で、一部の職種を侮辱しているとも取れる会話で炎上する騒ぎとなっていた。公式からも3人それぞれからも謝罪があったが、一度燃え上がった火は中々消えない。いつまでも燻り続けるのだ。正直助けてあげたいと思っても、こういうのは時間に任せるしかない、と私は思う。

 ガチャ、と玄関の扉が開く音が聞こえた。

「ウェーイ、遊びに来たぜ〜〜」

凛がいつものテンションで家にずかずかと上がって来た。

「おはよ〜」

私がPCに向かったまま適当に答える。彼女がドサっと荷物を床に起き、私を後ろから抱きしめてくる。そして私の頭頂部にキスをする。

「疲れた〜〜。また一緒にお風呂はいろ〜?」」

いつになく彼女が甘えてくる。

「もうそろそろユイも来るんだから自重してよねヘンタイ」

「えー? 初めてヤった時もすぐ近くにユイが居たから興奮したんじゃないの〜?」

「はぁー?」

彼女を振り解き椅子を回転させ彼女を睨む。きょとんと佇んでいた彼女が腰を屈め何も躊躇わずキスしてくる。私の顎をクイと持ち上げ舌まで入れて来た。

「……んもうっ。今日はここまで」

私は優しく彼女を突き放す。

「はぁ〜〜い」

と、彼女はつまらなそうに答えた。

 その後ユイも到着し、配信までに食事の準備をする。普段全く使っていないオーブンでユイがチキンを焼き、スープも作り、存分に女子力を発揮していた。私達2人はそのお手伝い位しかする事が無かった。そして完璧なタイミングで宅配ピザも届いた。準備は万端だ。


「「60万人、おめでとー!」」

「あざーーす!」

ビールグラスで乾杯し、ユルい雰囲気のまま配信は始まった。

「いやいや〜凄い人気じゃないっすかハルさん〜」

「いやいやいや涼さんこそもう55万人目前じゃないっすか〜〜」

「いやいやいやいや〜」

「いやいやいやいや〜〜」

全く中身の無い会話に思わず3人で笑ってしまう。

「今日はお酒も頂きながら、ユイちゃんが作ってくれた料理で優勝していきます〜」

「ユイちゃんありがとー!」

「いやいや、ピザが主役ですから〜」

「何言ってんの! ユイちゃんが焼いてくれたチキンうんま!」

「え、めっちゃ美味しい! 黒胡椒とかスパイスが絶妙!」

「えへへ〜ありがと〜」

「ビール進むわぁ〜」

「ハルさん、おっさん出てますよ」

下品な程笑いながら楽しい時間が過ぎていく。


『後輩が炎上していますが今のお気持ちは?』

というクソみたいなコメントに目が行ってしまった。こんな所にもアンチは湧いてくるか、と一瞬表情が固まる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る