第23話 女子に引っ叩かれて痛がってるようじゃ……まだまだだね

「――行くぞ、南沢」


「行くってどこに――きゃッ!」


 俺は南沢の手を取って少々強引に引っ張った。


「退屈な毎日を早く脱却したいってんなら俺が手伝ってやるよ」


「な、なにをする気なの?」


 ガタガタと揺れる引き戸の前で俺は足を止め、南沢と正面から向き合った。


「そんな露骨に警戒すんなって……お前が俺にしてきたことに比べれば、今からすることはかわいいもんだよ」


 そう安心させるように言って、俺は南沢との距離を縮め――そして、


「えっ、ちょっと、速水君――」


 彼女の背に手を回して抱きしめた。


「な、なにッ⁉ どういうことよこれッ! なんのつもりッ!」


 動揺する彼女だが、俺は構うことなくぎゅっと力を入れる。


 すると南沢は「うぅ……なによ……なんなのよぅ」と俺の胸の中で困惑の声を上げた。


 か、可愛いだとッ⁉ チキショウなんでだッ! なんでエッチな行為は恥ずかし気もなくやんのに、ハグされただけでそうなっちゃんだよッ!


 南沢の予想外の反応に心臓が高鳴るのを感じる。


『え、速水君も緊張してる?』とか思われてたら嫌だなぁ、でも実際緊張しちゃってるしなぁ、男のプライドって面倒だなぁ……いやそうでなくて!


 本来の目的を思い出した俺は、南沢の体から左腕を離して引き戸に伸ばし、そして鍵を開けた。


「――おい早太郎ッ! お、ようやくあい……た……」


 ぽかんと突っ立っている金田きんたと目が合った。


「エッチしてるんじゃ……なかったのか……」


 え、驚くとこそこ? てか本気で思ってたの? 俺からしたらそっちの方が驚きなんだけども。


「それで南沢、俺をここへ呼び出した理由はなんだ? 抱き合ってるところを見てほしかったのか? というか二人は付き合っているのか?」


「違うわッ! これは速水君が勝手に――――」


 今度は俺が南沢の口を封じる番だった。空いた左手を彼女の後頭部にやり、俺の胸に顔をうずめるよう力を加えた。


「んんんんんんッ!」と言葉にならない声を上げている南沢に代わり、俺が金田の問いかけに答える。


「その通り! 俺と南沢は彼氏彼女の関係だ! そして金田! お前を呼び出したのは南沢じゃあない……この俺だ」


「早太郎が?」


「ああ……実は、超絶優秀なお前にやってもらいたいことがあってな」


「ちょ、超絶優秀な俺にしかできないことだと?」


「そうだ、超絶優秀なお前にしかできないことだ」


「超、絶、優、秀、な俺、にしかできないことだって? ……ふっ、聞いてやろうじゃないか」


 金田は髪をかきあげて気障ったらしいセリフを口にした。


 コイツほんとチョロいな。そう思いつつ、表に出してはいけないと俺は真面目な表情を維持して続ける。


「そうか。んじゃ金田、俺と南沢が付き合ってることをクラスの皆に広めといてくれ」


「…………え、それだけ?」


「それだけだけどなにか?」


「い、いや別に……ただ、超絶優秀な俺以外の人間でもできそうだなと思ってな」


 拍子抜け、というよりはやや不服そうにしている金田。想像していたものと比べてしょぼかったが故の態度だろう。


 まぁ、ぶっちゃけその通りで、この程度の内容は誰にだってできる。


 だがしかし、今この場でお願いできる人間は金田しかいないわけで。


 仕方ない、更に特別感を与えて調子に乗らせるか。


「確かに、他の人にもできるくらい簡単な内容かもしれない。それでも俺は金田に頼みたい……超絶優秀なだけじゃなく、クラスの皆を牽引けんいんする力を持っているリーダー的存在の金田にな」


「超絶優秀なだけじゃなく、クラスの皆を牽引する力を持っているリーダー的存在だとッ⁉」


 金田の瞳がキランと輝く。多分、ほぼ間違いなく、引っかかった。


「ああ。情報源がお前なら、きっと皆信じてくれるはずだ」


「そうだろうそうだろう……なにせ俺は――超絶優秀でありながらクラスの皆を牽引する力も持ち合わせている全知全能の存在なのだからなッ! …………ちら」


 物欲しそうな目で俺を見てくる金田。


 ここで『いや誰も全知全能とまでは言ってないよ?』なんてツッコんではいけない。込み上げてくる笑いをこらえて金田に合わせる、これが正解。


 てなわけで。


「そ、そうそう! 金田は、いや金田様はッ! 全知全能であられるお方ですからきっと皆、こうべを垂れてあがめることでしょう!」


「……フフフフフフ――フハハハハハハハハハハッ!」


 と、偉そうに笑う金田。腹抱えて爆笑したいのはこっちなんですが。


「いいだろう、任されてやろうではないか。他になにもないのであれば、我はもう行くが?」


「え? あ、はい。他はもうないです」


「ふぅむ、ではさらばだ人の子よ。また何処いずこで相まみえようぞ……ククク――ハァッーハッハッハッハッ!」


 …………ほんと馬鹿だなアイツ。


 気分はすっかり神様な金田を見届け、笑い声が耳を澄まさないと聞こえてこないのを確認してから、俺は南沢を解放した。


「――なに勝手なこと言ってるのよッ!」


「んあ痛ッ!」


 直後、南沢に右の頬を引っ叩かれた。


 え、嘘……すっごい振りかぶってきたんだけど……すっごい振りかぶってきたんだけど!


 モーションからして笑えなかった。威力は洒落しゃれになってなかった。つまり、俺は女子に全力でビンタされたのだ。


 俺はヒリヒリする頬を押さえながら、恐る恐る南沢を見やる。恥ずかしかったのかそれとも窮屈きゅうくつで苦しかったのか、彼女は顔を真っ赤にして俺を睨みつけている。


「あ、あなたっ、男女が付き合うってどういう意味かわかっているのッ? 恋人関係というのはお互いにしたい愛し合う関係のことを指すのよ? けれど、私は速水君のことなんか好きではないし、あたただってそうでしょう? なのにどうしてあんな真似をッ!」


「い、いやいやなに乙女チックな発言しちゃってんの? 皆が皆そう捉えてるわけじゃないし、『とりあえず付き合ったらいつの間にか好きになってましたぁ』とか、世の中ざらにあるからね?」


「私は違うのッ!」


「私は違うのって、授業中にアソコを触ってくる人に言われてもなぁ……説得力に欠けるよなぁ」


「〝あんなこと〟と恋を一緒にしないでくれる?」


「……………………あんな、こと、だと?」


 俺は右手をゆっくりと下ろし、南沢に聞き返した。


「そうよ。あんなのはただの遊びに過ぎないの。退屈から少しでも遠ざかろうとしたね」


「……………………そうか」


 これで、南沢が俺のことをオモチャと捉えていたことが確実なものとなった。


 曖昧あいまいなままだったのなら、まだ慈悲じひはあった。勝手に俺の彼女にして困らせてやろう……その程度で済ませるつもりだった。


 しかし南沢は言葉を以て明瞭めいりょう化した。〝あんなこと〟と……そう言った。


 もはや情状じょうじょう酌量しゃくりょうの余地なし……ならば、俺のエクスカリバー(ムスコ)で、お前を断罪するとしよう。


 童貞よ、いつまでもビッ〇に主導権を握られることなかれ……握らせていいのは己がナニだけ……ドンと構えよ。


 そして俺は――大いなる一歩を踏み出した。


「南沢……俺と、別れたいか?」


「別れたいというのはおかしいわ、そもそも付き合ってないんだから」


「いいや俺と南沢は付き合っている。いくらお前が否定しようとも、俺は認めない。その上でもう一度訊こう……俺と、別れたいか?」


 また一歩、ランウェイを闊歩かっぽするモデルのように俺は足を前に出す。


「と、当然でしょ。別れたいに決まってるわ」


 並々ならぬ圧を俺から感じたのか、南沢は後ずさる。


「そうか……なら別れてやろう」



「え?」


「但しッ! 条件がある」


 俺が一歩前進すれば、その分南沢は後退する。


「――俺を童貞から卒業させろ」


「はぁ? あなたなに言って――」


「――さすがに今はいいぜ? 俺も初めてにはこだわりたいからな。時と場所がミラクルフュージョンした時にエクスタシーを感じたい」


「ちょっと、さっきから勝手に話を進めすぎ――」


「――だがしかし! ここでお開きになるのも寂しいしなぁ……あ、そうだ! おい南沢、試しにここで一発抜いてくれよ」


「どうしてそうなるのよッ!」


「おいおいそうわめくなって……お前にとっちゃ朝飯前だろ?」


「…………くっ」


 一歩、更に一歩と進んでいき――やがて俺は南沢を壁際まで追い込むことに成功した。


「ほぉら、早くしてくれよぉ~。ほらほらほらぁ~」


 壁に背を預けて険しい表情をしている南沢に対し、自分の優位性を示すかの如く俺は腰を振ってムスコを主張する。


「どうしたんだよそんな怖い顔しちゃってぇ~。ほんとは嬉しくて嬉しくてたまらないんだろぅ? 遠慮しないでいいからズボン下ろしちゃってくれよ~。なんなら俺が脱ごうか?」


 そうしてまた一歩、前に足を踏み出した――その瞬間、


「死になさいこのクズがッ!」


「んあ痛ッ!」


 南沢の手が今度は俺の左頬を捉え、そして――打ったのだ。


「あなたとは絶対にしない――絶対によッ!」


 ビンタされたことによって顔の向きを無理矢理かえられた俺には、彼女の表情を見ることができなかった。


 ただ、声音からして怒っていることだけは十分伝わってきた。


 ん? あれは……。


 と、そこで俺の目にある物が映る。


 いくら冷静じゃなかったとはいえ、食べ物を粗末にするのはどうかと思うけどな。


 それは去っていった南沢が忘れた未開封のチョココロネだ。


 ……仕方ない、持っていってやるか。


 俺は中央にポツンとたたずむ机の元に向かい、放置されたチョココロネを手に取った。


 …………なんか、チョココロネって…………オナ〇ールみたいじゃね?


――――――――――――――――――――――――


どうも、深谷花です。

運営から警告を受け、一部エピソードを非公開及び該当箇所であろう部分を修正しましたが……なんとか許されたみたいですね。

引き続き、ぼかした描写のエピソードを上げていきたいと思います。

今回非公開にしたチョココロネverなど、はノクターンの方で読めますので是非。

ではでは。

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