第21話 退屈な日々を終わらせようとした結果がコレ。

「私、学校生活ってひどく退屈なものだと思っているの」


 その言葉を皮きりに、南沢はスラスラと語りだした。


「将来の役に立つのかはなはだ疑問な授業を週に何十時間も受け、興味のない人間が集う空間で過ごし、帰路にく……そんな毎日の繰り返し。退屈以外の言葉じゃ形容できないわ」


 確かにそれは辛いな。生きる意味ってなに? とかネットで検索しちゃうくらい退屈だな。同情する。


「なら自分から行動を起こせばいいじゃねーか……速水君はきっとそう思ってるでしょうね。けど違うの、自発的に動いたところで、得られるのは想像の域をでないありふれたものなのよ」


 ほぉん?


 俺は足の裏で口を塞がれていることなど忘れて、彼女の言葉を傾聴けいちょうする。


「友達や彼氏彼女を作ったり、夢や目標を持ったり、後者は美化されがちだけれど、それらって凄く普通のことだと思うの。でもその普通を皆は求めて手に入れ手放そうとしない。どうしてだと思う?」


 南沢は右足を下ろして俺に意見を求めてきた。


「……退屈を誤魔化したいから、とかだろ?」


「ふふっ。まさにその通りよ」


 満足そうな声音でそう言った南沢は、またすぐに俺の口に鍵をかけてくる。


「退屈を誤魔化したい、退屈から逃げたい。だから友達や彼女、夢や目標などといったキラキラしたものに手を伸ばして少しでも充実に近づこうとするのよ。けど勘違いしないでね? 私は別にそれが悪いと言ってるわけではないの。ただ、仮に充実を捕まえられたとしてもそれは一時的であって、すぐにまた逃げられてしまう……それが嫌なのよ」


 敵を多く作りそうな発言だなと俺は思いつつ、彼女の次の言葉を待つ。


充足感じゅうそくかん一過性いっかせい。慣れたらまた、退屈から逃げる日々が始まる……大袈裟だけど、その繰り返しが人生というのなら、私は中学にあがった頃ぐらいから人生を捨ててるわ。退屈歴、長いのよ」


 冗談めかした言葉のようだが、彼女の表情は至って真面目なものだった。


 なるほどな。中学ん時からひねくれてたわけね……まぁ、俺も人のこと言えないけど。


 やはり、あの時抱いた親近感はあながち間違いじゃなかったかもしれない。その思いが俺の中で強くなる。


 でも、だとしたらますます意味わからんことになるんだが?


「――ならどうしてあんな真似を? ってなるわよね普通」


 俺が抱いた疑問を南沢は代弁し、その解――つまり俺が求めた彼女の真意を口にしだした。


「捨てた、ではなく捨ててるつもりでいたと訂正するわ。私はね、速水君……あなたにとても近いものを感じているのよ」


 そう言った南沢はおもむろに右足を下ろす。


「退屈を呪い、刺激を求める。私と同類のあなたを退屈から解放してあげれば、きっと今度はあなたが私を解放してくれるに違いない……これがあなたの知りたがっていた答えよ。どう? 蓋を開ければなんとやら、根拠のない勝手極まりない理由でしょ?」


「……………………喋っていいのか?」


「ええ。もう黙ってなくていいわ」


 二つの内一つのかせが外された。


 俺は「んんッ」と喉の調子を確かめてから口を開く。


「……俺はてっきり、好意の裏返しな行為だとばかり」


「……ギャグ?」


「いや違くて。あんなことされたらそりゃ勘違いもするって話。世の男子高校生、皆俺に賛同するぞ? 多分」


「あら、それは悪いことをしてしまったわね。ごめんなさい」


 南沢は床に足をつけ、俺の背後に回る。


「けど安心して? もう二度としないから」


 そう言って南沢は俺の両手の枷を解いた。


「急にどうした?」


「飽きたから……それだけよ。短い時間だったけど楽しかったわ、速水君」


 俺が振り返って訊ねると、南沢はどこか寂しげな顔してそう言い、背を向けた。


「私は……元の退屈な生活に戻るから」


「あ、ちょいま――」


 教室を出て行こうとする南沢を呼び止めようとした時だった。


『――あ、あれ? 何故ドアが閉まってるんだ?』


 廊下から――〝男〟の声が聞こえてきた。

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