第29話 ナマズン

「方向の確認からしよう」

「空から見る?」

「いんや。今まで進んでいたからだいたいは分かるんじゃないかな。レバーの向きと同じなわけだし」

 

 ありがたい申し出をしてくれたパックに向け首を振り、レバーへ目を落とす。

 レバーは僕らがいる砂浜と最初の釣りポイントである磯の間くらいの方向を示していた。

 砂浜が進行方向の先頭部分になっていると思っていたけど、そうじゃなかったらしい。

 途中から服の制作に夢中だったからなあ、島が停止した時に前を向いていなかった。

 

 せっかく可憐な浴衣姿になっていたニーナがはいいと右手をあげたかと思うと、いそいそと帯に手をかけはじめる。

 彼女の手に自分の手を重ね、「脱ぐな」と目で語ってみた。

 が、効果がまるでない。

 

「海の中を見に行こうとしてくれるのは分かったから、ちょっとばかり待って」

「島の安穏を護る巫女として、放置してはおけないのです」

「地上からできることをやってからにしよう。この島の謎の仕組みは僕に合わせたものだからね」

「全く言っていることが分かりませんー」


 嫌いじゃないぞ。その完全に思考を放棄した態度は。

 パックなんてうーんうーんと悩み始めてしまったじゃないか。


「パック、島の書とか指南書とか、この島はいろんなものを準備して『僕』を招待したんだよ。だから、僕にできないことは要求しないと思うんだ」

「そういうことか! あんちゃん、前向きだなあ」

「そうじゃなきゃ、サバイバルをしたことがない僕が未だに生存できるわけがないからね。僕が生きていけるように準備されている、と考えた方が自然ってわけさ」

「おいらもその前向きさを見習うことにするよ」


 島が停止する条件は指南書に書かれていた。

 特定種族が進行方向にいれば巻き込まないように強制停止するんだったよな。

 海の中だと、どんなに泳ぎが上手な人間でも確認できる範囲はたかが知れている。そもそも島の範囲が海面下20メートルくらいまでなので、素潜りで海底まで行くに相当な熟練者じゃないと無理じゃないのか?

 呼んだのが僕以外の人間だったとしても不可能。

 できないことはニーナのような海中に住む種族の手を借りろとしているのかもしれない。

 しかし、その可能性は低いと僕は見ている。

 指南書によると、ソロ活動が前提のように書かれていたからね。もちろん、指南書の想定範囲外の事が起こった場合は話が異なる。

 

 今回の事象は想定の範囲内のことのはずだ。

 僕には取れる手段が限られている。

 

「つまり、できるかどうかの確認もはやいってことさ」

「ビャクヤさんー、百面相は終わったんですか?」


 横からニーナに声をかけられ、びくうっと肩が動く。


「あ、顔に出てた?」

「はいい。なかなかおもしろかったですう」


 かああっと頬が熱くなるが、頭をぼりぼりとかくことで気持ちを紛らわし竹竿を握りしめる。

 海中に対して何かできることと言えば、釣りしかない。

 

「さあて、何が出るか。行ってみよう」


 やることはいつもと同じ。普通に魚が釣れるかもだけど、何度か竹竿を振るってみるつもりだ。

 しゅるしゅると糸が伸び、浮きが着水する。

 五つ数えて、竹竿を引く。

 

 ぐ、ぐうう。大物ぽいぞ!

 釣りの特性を舐めてはいけない。ニーナくらいの大きさでも軽々と釣り上げることができるんだぜ。

 僕の筋力とかそんなものは関係なく、竹竿パワーだけで釣り上げてしまうんだ。

 僕にかかる負荷は100分の一くらいかも。釣れた獲物の重さによって謎調整がされているから、正確には分からないけどね。

 

 黒い人型の何かが釣れたああああ。

 見事な一本釣りである。どうやら肩口に引っかかったようでそのままスポーンと釣り上げたようだった。

 

 砂浜に尻餅をついた人型を見て、すぐに察した僕である。

 身長はだいたい180センチくらいかな。座っているから大きくズレているかもしれないけど。

 顔はナマズを擬人化したような感じで、筋骨隆々である。黒が入った透明の生地でできたタンクトップ……いや、こいつはレスリングレオタードだな、を着ていた。

 下半身が完全に人型になっているけど、ヒレじゃないのかな。

 

 しかし、この特徴からニーナが言っていた「男の人」であることは間違いない。

 正直言って、気持ち悪いです。人の格好でどうこう言うのは失礼の極みだけど、なんでこうぬめってるんだ。胸筋に太陽の光が反射して、何とも言えない不気味さを醸し出している。

 

「す、すいません。突然釣り上げてしまいまして」

「驚いたでごわす。貴君はマーメイド族ではないように見受けられる」


 ナマズの渋い声と紳士的な態度にビックリした。レスリングレオタード姿の変態が、紳士だったなんて悪夢だよ。

 ナマズは胸に手をあて、優雅に礼をしてみせた。

 釣りあげられたことに対しても怒っている様子もない。友好的でホッとする反面、何だか僕の中でいたたまれないものが残っている。


「この島の動きに巻き込まれませんでしたか?」

「海底が動いていたでごわす! 貴君が大地を動かしていたのでごわすか?」

「そ、そうです。ご迷惑を」

「そのようなことは! 奇跡を目の当たりにするとは、感激したでごわす! いつもの海底散歩をしていると見慣れぬ音が聞こえ、確認に向かったでごわすよ」

「ヒレの方が動きが早かったのでは?」

「ヒレより足の姿の方が鍛える効果が高いのでごわす。健康な筋肉の育成には海底散歩に限るのでごわす」


 海の中に住む種族って、癖がある人しかいないのかよ。

 ニーナとは別の意味での残念さがこの短い会話の中でありありと感じ取れた。


「他の人は近くにいませんでしたか?」

「吾輩だけでごわす。この辺りまで海底散歩をする者は吾輩くらいのものです。はっはっは」


 すごいのかすごくないのか分からん。自慢気なので、すごいことなのか?

 正直どっちでもいい。

 失礼をしたのは僕の方だし、挨拶だけでもしておくか。

 

「僕は地上種の人間で、白夜と言います。こちらはマーメイドのニーナ。こっちは地上種のパック」

「なんと! 地上種とは珍しい。てっきり、女性三人なのかと思っておりましたでごわす。吾輩はナマズンと申す」


 名前、名前ええええ。吹き出しそうになったじゃないかよ。

 パックとニーナは彼の名前に何も思うところはないのだろうか。こういう名付けが普通なのか?

 必死で笑いをこらえる僕の服の袖を引っ張るパック。

 

「あんちゃん、動くか試してみない?」

「そうだな。ナマズンさんが堰き止めていたのだと思うし」


 ナマズンのことはしばらく同じ種族のニーナにお任せしちゃおう。

 ニーナに目で合図し、僕とパックはレバーに意識を向ける。

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