第28話 服をつくるの巻

 島は確実に動いているのだけど、景色は全く変わらない。船が海の上を進むがごとく波はたつのだけど、それだけである。

 ニーナとパックから聞いていた通り、ここは絶海の孤島で少なくとも周囲数百キロは島の一つもないのだから景色が変わらないのも当然と言えば当然なんだろうな。

 せっかく動いているってのに少し寂しい。

 

 変わり映えしない景色へ目をやりつつ、麻を満タンに詰めた籠から手をつけることにした。

 二人がじっと僕の手元を見つめてくるものだから、ちょっと気恥ずかしい。


「まずは、全部糸にしちゃおう。麻をやったら次は綿な」

「見とくよ」

「糸から服を作るんですね。わたしのこれも紐を使っているんですよ」


 貝殻ブラジャーの紐を引っ張るニーナであったが、ペタンと座るのじゃなくて両膝をくっつけるようにして座って欲しいな。

 泳がなくなったのだから、スカートを取りに行ってくれてもいいんだぞ?

 ちゃんと言っておけばよかった。最初に作る服はもう決めているから、あと少しで彼女の姿も変わる。

 

 麻を糸にするイメージを頭の中に思い浮かべ、手をかざす。

 あっという間に麻がひとりでに動いて糸となった。

 相変わらず便利すぎる特性だ……自分でやったこととはいえ余りの性能に感嘆の声が漏れるほど。

 続いて綿も糸にして、下準備完了だ。

 藍は服作成時に一緒に使ってみようと思う。上手くいかないようだったら、先に染めるしかないけど、そうなるとちゃんとした模様を作れる自信がない。

 

「服を作る……といってもゴムは無いから紐で結ぶしかない。ボタンは工夫すればできるだろうけど、最初にやるにはハードルが……」


 ブツブツと独り言を漏らしつつ、イメージを固めていく。

 よし、決めた。

 まずはニーナから。

 選択するは綿の糸。イメージを膨らませ、手をかざす。

 しゅるしゅると糸が紡がれ、布になり、布が形を作っていく。

 よし、完成。

 クラフトの特性は一瞬で出来上がっちゃうのでいつもながら完成したという実感が湧かない。それでも、細部まできっちりできあがっているのだから凄まじい……。

 そうそう懸念した藍染だけどこれもうまく行った。素材を近くに置いておくだけでちゃんと藍も使えたのだ。すげえ、クラフトすげえとしか言いようがない。

 インディゴブルーに染まった布地には染めていない白が模様を作るようになっている。

 タンクトップの裾を長くしたようなそれは、ニーナ用のワンピースのつもりだ。


「ニーナ。これ、着てみて。そのまま上から被るだけだよ」

「これ、わたしにですか! 嬉しいですう」


 ニーナはギュッとワンピースを胸に抱きぱああっと華が咲いたような笑顔を見せる。

 彼女はペタンと座ったままワンピースを掲げ、白抜きで描かれた模様に目を輝かせていた。

 

「それは菊文様って柄のつもり。藍染めだとパッと思いついたのがそれだったんだ」

「素敵です! さっそく着てみますね」

「ブラジャーはそのままでいい! 着やすいようにと思ってタンクトップのように開いているだろ」

「分かりました!」


 うんしょっと頭から被るようにしてワンピースを着た彼女は立ち上がってその場でクルリと一回転する。

 ちょっと裾が短かったか。膝辺りになるように調整したつもりが、膝上15センチくらいになっちゃった。

 でも、これくらいの丈があればお尻が丸見えになることもないだろう。

 背中側には腰からお尻辺りにかけて大きな菊の模様が入っていて、前側は胸から斜めにおへそ辺りまで小さな菊柄がデザインしてある。


「ピッタリです! ありがとうございます。ビャクヤさん」

「地上にいる時は着てくれると嬉しい。次はパックのと僕のを作るか」

「おいらのも? 楽しみだよ!」

 

 喜ぶパックに目元が緩みつつも、どうすべきか思案する。

 ズボンを作るとなればワンピースのようにはいかないな。

 あ、そうだ。ニーナの柄が藍染めを使うからと和風にした。それならいっそ、服も和風にしちゃえばいける。

 それなら構造も分かるからね。

 寝たきり生活を送ることが多かった僕が慣れ親しんだ服の一つでもある。

 

 パックに立ってもらって体の大きさを見極めつつ、イメージを形にした。

 続いて、僕の分も作成してしまう。

 まだ材料があったので、勢いそのままにニーナのも作っちゃった。

 

 ちょうどこれで持ってきた材料を使い切った形となる。

 三着とも材質は麻と綿の混合にした。麻は洗うと皺になっちゃうからなあ。綿を混ぜれば少しでもマシになるかと思って。

 

 パックと僕のは甚平や作務衣さむえと呼ばれる服で、ニーナのは浴衣だ。

 甚平は紐で結んで着る服なのでゴムが必要ない。紐で縛る場所もそれほど多くないから、一度着かたが分かれば簡単に着れるはず。浴衣も然り。

 柄にもこだわってみたのだ。

 パックの甚平は矢羽根と呼ばれる日本古来の柄を採用した。矢羽根は鳥の羽を意匠にしたもので、青白の羽柄が並ぶ幾何学模様となっている。

 僕のはなるべく地味な柄をと思い「ひし」とした。斜めに入る三本の線でひし形を描いた幾何学模様で、じっと見ていると目がちかちかしてしまう。

 これなら無地でもよかったかもしれん。

 ニーナのは鹿の子かのことよばれるまだら模様にしてみた。シンプルだけど個人的には女性らしいかなと思っている柄だったので。

 

「パック、先に僕が着てみるから。今着ている服の上から着てもいいよ」

「うん!」


 海水パンツにシャツという姿の僕は、シャツだけ脱いで甚平ズボンをはいて、上着の紐をパックに見せながら結ぶ。

 パックは見よう見真似で見事に着てみせた。

 一方、ニーナはいそいそとワンピースを脱ごうとしている。

 

「ニーナ。そのまま上から着てもいいよ」

「重ね着は苦しくなるかなと思いまして……」


 普段がすっぽんぽんだからな……。今もパンツを履いていないし。

 

「そのワンピースを下着かわりと思って、僕が手伝うからそのまま立ってて」

「はいい」


 巧なセリフで彼女が脱ぐことを押しとどめ、浴衣を着せることに成功する。

 ぎゅっと帯を締めて完成だ。

 

 パックもニーナも見た目は日本人に見えないけど、案外、甚平と浴衣が似合うじゃないか。

 とても満足した僕はうんうんと頷き、竹竿を握りしめるのであった。


「あんちゃん、ありがとうな! 釣りをするの?」

「うん。食糧は集めておかないとな」

「それならわたしが潜って」

「だから、潜るのは無しな!」


 島が動いているから危険だって言ったばかりだろうに。それと、せっかく着たんだからすぐに脱いで欲しくないなって。

 しばらく釣りをしていたら、大きく地面が揺れ島の動きが止まった。

 レバーは傾いたままだってのに、何かあったのかな?

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