第3話 拝啓、ナイフを手に入れました
バシャバシャとヤカンに入れた水を使って顔を洗う。
水を入れる容器があるって、なんて便利なんだろうか。昨晩は微妙な反応をしてしまったごめん、ヤカンさん。
ヤカンを傾けると口から水が出る。これが何ともまあ使いやすくて。ヤカンに直接口をつけてごくごくと水を飲む。
「カピーも飲む?」
カピーか井戸に前脚をつけて背伸びして、機敏な動きで手押しポンプのレバーを上げ下げし始めた。
間もなく手押しポンプから水が出てくる。
カピーは落ちてきた水を頭から被りご満悦な様子で目を閉じるのだった。
「器用だなあ」
「きゅっ」
口を開かずに愛らしい鳴き声を出すカピーに癒される。
この様子だとカピーに関してはほっておいても単独で餌も含めて生きていけそうだ。
カピーがいつからこの島にいるのか不明だけど、僕と違って大自然での生きる術を習得している……のだと思う。
そっか。カピーについていけば食べるものだって手に入るかもしれないぞ。
「カピー。お散歩に……あ」
ブルブル体を揺すって毛皮について水気をきったカピーは、てこてこと歩いて扉の前で寝そべってしまった。
ひょっとしてこのまま日が暮れるまで寝て過ごすんじゃあ……たらりと額から冷や汗が流れ落ちる。
数日様子を見てみないと何とも言えないけど、カピーは「何も食べなくても生きていける」のかもしれない。
僕の無駄知識によると、猫がずっと寝ているのはやることが無いからだと聞く。餌を食べて満腹になったら、体力を温存するために寝て休むのだ。
カピーも似たようなものだとしたら?
不可思議な出来事ばかりだから、島にいたカピバラだって特殊な生き物と言うこともあり得る。
カピーに頼るという甘い期待が潰えた僕は、小屋に戻り「島の書」を持って戻ってきた。
完全に素人である自分では木の実を発見したとしても、食べられるのか毒なのか全くもって分からない。
指南書やカピーという相棒、体のことから考慮するに、この島へ僕を送り込んだ誰かは島での生活を行えるよう何かと手を焼いてくれている。
となれば、推奨事項に記載されている項目は全て活用すべきだ。
「埋める。埋めるかあ」
本当に土を掘って本を埋めるかと一瞬考えたが、最後の手段にしようと思い直す。
あ、そうだ。
手を伸ばせば届くところに自生していたよく見る雑草をつまんで茎をちぎる。
緑色のつぶつぶにブラシのような毛が生えた穂を持つこの雑草は、ネコジャラシとか言われていた気がするぞ。
ネコジャラシの穂を「島の書」の上に置いてみる。
すると、本からぼんやりとした淡い光が出て、すぐに光が消えた。
「お、おおお」
本をパラパラめくると、空白だったページに文字が記載されていたじゃないか!
『エノコログサ
可食:緑の粒』
シンプルだけど、食べられる箇所まで書きこまれていた。
ネコジャラシの粒を食べることができるなんて初耳だ。だけどまあ、そのまま食べることはできなさそうだな。
粒をとってすり潰して……なんてことをする必要がありそうだ。
「カピー。出かけてくるよ」
寝そべるカピーの頭を撫で、島の書を小脇に抱え散策へと出かけることにした。
まずは竹竿の回収からかな。
◇◇◇
竹竿は無事回収できた。ブンブンと竿を振ってみたが、浜辺で釣りをすることは難しいとすぐに気が付いた。
竹竿には糸を巻くリールがなくて、糸をしゅるしゅると伸ばすことができない。
まあ、もしリールがついていたとしても、僕には投げ釣りなんてできそうもない。無理をしてここで釣りをしなくてもいいだろう。
ここは島なのだから、糸を垂らすだけで済むちょうどいい岩礁を探せばいいだけの話である。
「海の生き物は『海の書』かな?」
島の書に落ちていた貝殻を当ててみたが光ることはなかった。
ここに至るまで雑草だけじゃなく、転がっていた石ころでさえ島の書に当てると光ったんだよな。
落ちているものなら何でも光る島の書が光らないとなると、対応範囲外……つまり、海の書の範囲なのかと考えたわけだ。
「釣りもやってみたいけど、そのまま食べるのは難しいかなあ……」
そんなわけで泣く泣く釣りを後回しにした。
右手に島の書、左手に竹竿となったら両手が塞がってしまって……だったので一旦小屋に竹竿を置いてから再び探索に向かう。
因みにカピーはまだ寝そべって休んでいた。
「何をするにしても、火とナイフの代わりになるものがないと厳しいな」
てくてくと道なき藪の中をおっかなびっくり歩きながら、考えを巡らせる。
お、白い花が綺麗だな。この草。
『ドクダミ
可食:葉を乾かし煎じて飲む』
島の書の解説はシンプル過ぎて食べられると表示されていても、どうやって食べりゃいいのか分からないのが玉に瑕だな。
それでも、可食なのかどうかが分かることは非常に大きい。
っつ。
ドクダミの草を抜いて持って行こうかと前に踏み出したら、何かに引っかかってつんのめる。
何だと思って目をやると、グレープフルーツより一回り大きいくらいの岩に引っかかったようだった。
ゾッとして思わず首を左右に振る。
もしこけて、頭にこいつがぶつかっていたら……。慎重に歩いて行かないとな。
ゴクリと生唾を飲み込み、僕のつま先を引っかけた憎き黒っぽい岩へ島の書を当ててみる。
転んでもただは起きぬってね。
『黒曜石
古来から愛されている石器』
「お、おおお!」
思わず大きな声が出た。恥ずかしくなって左右を見渡すも、もちろん誰もいない。
名前だけは聞いたことがあるぞ。石器時代の英雄「黒曜石」さんだ。
黒曜石から石器を作ることができる。
それはいい。だけど、どうやって作るんだろう?
石器時代の人だって、素手から黒曜石を加工して石器にしたわけだろ。だったら、僕にもできるはず。
「よっと。案外重たいな」
黒曜石の塊を両手で掴み土で埋まった部分ごと引っこ抜く。
その場であぐらをかき、じーっと黒曜石の塊を見つめてみるも名案は浮かばない。
黒曜石を撫で繰り回し、「石器にするには」と考えていたら突如、両手が緑色の光を放つ。
すると、黒曜石の塊が勝手に動き出したのだ!
浮かび上がったかと思うと近くの岩とぶつかり、パカンと割れる。
割れた黒曜石が打ち付けあい、持ち手がついたナイフのようになった。
「これってクラフト?」
魔法のようで年甲斐もなく子供のようにワクワクしてきたぞ!
きっと僕の目はキラキラと輝いているに違いない。
出来上がった黒曜石のナイフを手にとり近くの草に向け斬りつけてみる。
スパッと茎が切れ、雑草が地面に落ちた。
せっかくなのでこれも島の書へ。
『葦
水辺の友達。茎が加工しやすい』
葦って確か
僕の技術じゃとてもじゃないけど、葦から簾も籠も作ることなんてできない。
しかし、ふ、ふふ。
スパスパっと葦を集めて束にして両手で握る。
籠をイメージして念じてみるが、先ほどのように手が光らなかった。
何か足らないものがあるのか、熟練度なるものが足りないかのどっちかだな。
条件だとすれば乾燥していないからかも?
木材だって木を切り倒したらそのまま使えないと聞くし、葦も同じことなのかもしれない。
黒曜石のナイフを腰にさし、葦の束を抱えて小屋に戻る。
リュックサックみたいな入れ物がないといちいち小屋に戻らなきゃならないのが大変だよな。今は小屋から徒歩10分以内の場所を探索中だから戻るのもすぐだ。
島全体を探索するとなるといちいち戻ってられないものなあ……。葦に期待しよう。
葦の束を小屋の屋根から吊るしてふうと息をつく。
カピーはまだゴロゴロしていた。
「食べ物をまだ見つけてない……」
自分の言葉に反応するかのようにお腹が盛大な音を立てる。
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