第43話 孵化

 アンジェリクをブールに連れ帰るために派遣されたドラゴンは、ブランカだった。少し見ない間に身体がずいぶん大きくなっている。


「卵が孵りそうで、ラッセが来たがらないんです」


 ブランカに乗ってきたエリクが頬を紅潮させて言った。

 ブランカでも十分に人を乗せることはできるし、往路も復路も人を乗せていれば迷子になる心配もないと思ってと、フクロウ便の指示とは違うドラゴンで来た理由を説明した。


「ブランカ、偉いわ。こんな遠くまで、よく来たわね」


 アンジェリクが褒めると、エリクとセルジュが、子どものブランカにとってさえ、王都はそれほど遠くないはずだと言った。ドラゴンの飛行能力は桁違いらしい。


 白いドラゴンを囲んで和気あいあいと話しこんでいるアンジェリクたちを、城のみんなが遠巻きに見ていた。


「本当に、ドラゴンだ……」

「前のやつと色が違うぞ」

「少し小さい? いや、十分でかいけど……」


 ついに本物のドラゴンを目にしたコルラード卿とフレデリクは、口をぽかーんと開けたきり固まっていた。

 使いの馬車から降りたフェリクス卿も目を丸くしてブランカを見上げる。


義父上ちちうえ、ブールの街道は傷に障りますから、僕たちと一緒にブランカに乗っていきませんか?」


 セルジュに言われてはっと我に返ったコルラード卿は、慌てて首を振った。


「ドラゴンがいることはわかった。ブールには、傷が治ってから行くことにしよう。フェリクス、それでいいな」

「あ、ああ……」


 二人は、赤ちゃんが生まれる頃にブールを訪れる、今回の予定は取りやめたいと言った。

 ほかのドラゴンも見せたかったが、これから卵が孵化するなら、しばらくはそっとしておいてやりたい。

 アンジェリクたちにとってもそのほうがよかった。


「ラッセとサリの卵が孵りそうなの。私たち、このままおいとましてもいい?」


 アンジェリクがすまなそうに言うと、全然問題ないと二人の公爵は揃って大きく頷く。

 素早く支度を整えて、セルジュの手を借りてブランカに乗った。


「じゃあ、またね」


 エリクを前方に、後方にセルジュとアンジェリクを乗せたブランカは軽々と飛翔した。ラッセにも全く劣らない力強さに、本当にドラゴンの飛行能力はすごいのだとアンジェリクは興奮していた。


「セルジュ、これ、活かさなきゃダメだわ」

「え、何?」

「帰ったら、お父様たちからいただく領地について検討しましょう」

 

 そして、あの人はやはりブールの領地で雇おうと考える。


「ドラゴン使いも増やさなきゃ」


 ブールに到着すると、最初にラッセとサリと卵の様子を見に行った。

 もう生まれるかもしれないと言うので、そのままそこで見守ることにした。


 生まれる瞬間に間に合ってよかったと思う。

 セルジュはラッセたちが生まれる時に立ち会っているから、初めてではないけれど、自分が育てたドラゴンたちの最初の卵だ。孵化するところは、やはり見たいだろう。

 アンジェリクも見たい。


 厩舎の隅に集まって、みんなで見ていた。

 サリが卵を抱いていて、ラッセはじっとサリに寄り添い、時々グルルと小さく喉を鳴らしている。


「カサカサって音が、さっきから聞こえてます」 


 ジャンとほかのドラゴン使いたちが、サリの腹の下に注目しながら囁いた。

 耳を澄ますと、確かにかすかな音が聞こえる。


「あ……」


 サリがゆっくり立ち上がり卵の上からどいた。

 一つ目の卵のてっぺんにひびが入るのが見えた。


「生まれる……」


 ひびは少しずつ大きくなり、やがてペリッと小さく殻が剥がれる。少しずつ、少しずつ、剥がれた部分が大きくなって、中からトカゲに似た生きものが顔を出した。

 身体の割に大きな頭に、カエルのように出っぱった目がついているが、その目はまだ閉じている。


 グルルとラッセが喉を鳴らした。


 灰色の赤ちゃんドラゴンがもぞもぞと殻の外にでてきて、ラッセの鼻先に近づいていった。

 ラッセは自分の鱗を剥がして赤ちゃんドラゴンに与えた。ぱりぱりとそれを噛んでのみ込むと、赤ちゃんドラゴンはその場ですやすやと眠ってしまった。


 二つ目の卵にもひびが入り、二匹目の赤ちゃんドラゴンも無事に誕生した。


 サリとラッセが互いの鼻をくっつけ合って、小さな二匹を愛しそうに見ている。灰色の赤ちゃんドラゴンたちはまだ大きなトカゲにしか見えないが、背中にはちゃんと翼らしきものがついていた。


 ブランカが二匹に近づくと、サリとラッセはブランカを真ん中に挟んで鼻で突いて何か伝えていた。

 おねえちゃんになったね、と言っているように見えた。


「最初のうちは、親の鱗を何枚か食べて、三日くらいすると肉やほかのエサも食べるようになる。サリとラッセには少し多めに水晶を与えてくれ」


 ほうっとため息を吐いて、小さなドラゴンを眺めているみんなにセルジュが静かに指示を与えた。


 灰色だった赤ちゃんドラゴンは一週間くらいすると、それぞれ小さな鱗に覆われ始め、一匹は緑色、もう一匹は紫色のドラゴンに変わっていった。


 緑色のドラゴンは男の子で、ボアと名付けられた。

 紫の子は女の子でビビという名前になった。



 

  


 


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