第42話 結婚式

 その後、セルジュもコルラード卿の私室に呼ばれ、バルニエ公爵と和解した。実にあっさりとしたものだった。


「王都で結婚式ねぇ……。父上は、そういう派手なのが好きだよねぇ……」

「おまえは興味なくても、アンジェリクは女の子だぞ。一生に一度の夢の晴れ舞台じゃないか!」

「そうなの?」

「そうだよね!」


 セルジュとフェリクス卿に挟まれて、アンジェリクは「えーと……」と苦笑いした。

 

 結局、やりたい、やりたい、と盛り上がる二人の公爵に押し負ける形で、結婚式をすることになった。元々、春になったら考えるつもりだったし、ほかのことが忙しかっただけで、やりたくないわけではなかった。

 

 派手にやろう、と盛り上がるフェリクス卿に、コルラード卿が「待て」をかけた。


「あまり派手にやって、王宮をざわつかせても、後々面倒だ。二人は跡取りではないのだし、控えめと言うか、こう、品よくだな……」

「うむ。確かに……」

「お父様、王宮をざわつかせるって、どういうこと?」


 セルジュも「そう言えば」と口を開く。


「陛下から『おまえが、ボルテール伯爵なのか』って聞かれたんだけど」


 あー……、と、父たちは、ヘンな笑いを浮かべ、続けて思いもよらないことを話し始めた。


 元々二人はセルジュとアンジェリクを結婚させたいと思っていたという話から始まり、婚約破棄事件の前後のいきさつを聞く。わりととんでもない話だった。

 そして、だから、あの事件の時、父はアンジェリクの話を聞かなかったのかと、アンジェリクは腑に落ちた。


「あの婚約破棄事件がなかったら、我々の望みが叶うこともなかった」

「じゃあ、シャルロットのおかげってこと?」


 アンジェリクの言葉に、一瞬、場がしんとなった。


「そ、そうなるのか?」

「いやいや。それは違うだろ」

「ビミョーだな」

「ビミョーね」


 セルジュが「とにかく、運命に感謝しよう」と無理やりまとめた。


「でも、あのシャルロットって子は、自分のしたことが原因できみが幸せになったと知ったら、すごく悔しがるだろうね。いい気味だ」

「セルジュ? 今、いい気味だって言った? 私の聞き違い?」

「言ったよ。いい気味だよ。僕のアンジェリクに短剣を向けたんだ。地獄に堕ちろと言ってやりたいね」


 セルジュも案外黒いのだなと、妙に安心したアンジェリクだった。


 準備に二、三週間かかるということで、セルジュは一度、ブールに戻った。

 アンジェリクは大事を取って王都に残った。

 王都の通りならば馬車もそれほど揺れないので、久しぶりに妹たちと買い物や観劇に出かけたり、証言をしてくれた友人たちを訪ねて、お礼を言い、王の許しがあるはずだと伝えたりして過ごした。

 

 そして四月の初めの麗らかな日。

 モンタン公爵邸での盛大なパーティーの後、バルニエ公爵邸に向けてパレードを行った。

 どちらの屋敷も王都の中心地区にあり、とても広大な敷地を持つ。城の中からメインストリートを抜けて進むコースには王都中の貴族が集まり、沿道には両家ゆかりの庶民も多く見物に出て、それはそれは華やかなものになった。


「これでも、地味にしたつもりらしいから、本気を出さないでもらってよかったわ」

「この天蓋のない馬車、特注で加工したんだろ。義父上も好きだね」


 花を撒きながら進む馬車はオープン仕様で、このパレードの後、結婚式に使いたいから貸してほしいとの問い合わせがモンタン公爵家に殺到した。

 沿道の人たちに手を振りながら、アンジェリクは一つ、セルジュに白状することがあった。


「私、結婚式はやりたかったの。こうやって、あなたをみんなに見せびらかしたかった」

「そうなの?」

「自慢ばかりする人のこと、恥ずかしいって思ってたのに、私も自慢したがりなのよ。なんだかかっこ悪いわ」

「自慢してもらえるなら嬉しいし、かっこ悪いところも素敵だよ」


 少し黒いところも、怒ると悪魔になるところも、いいところも悪いところも、全部ひっくるめて、そのままのアンジェリクが好きだとセルジュは笑った。

 

「私もよ。あなたの妻になれて、よかった」





 モンタン家の城からバルニエ家の城までの短いパレードを見に来た人ごみの中に、変わった髪色の女がいた。

 黄色とも薄茶色ともつかない、トウモロコシの穂を思わせる髪の女の横には、背の低い小太りの男がひっついていた。


「アンジェリク、綺麗だったね」

「あんた、悔しくないの?」

「悔しいっていうか……、僕、よくわかんないや」


 シャルロットはふんっと、ため息とも鼻息ともつかない息を吐きだして、目の前にいる冴えない夫を見下ろした。

 自分は今、この男から離れられない。

 エルネストに入る、庶民の生活にも足りないような、わずかな金でも、失えば明日がないからだ。

 今は大人しいエルネストだが、時々癇癪を起こして「だったら、もう僕のお金をあげないからね!」と喚き散らすので、イライラすることがあっても我慢して下手に出るしかなかった。


 なぜ、こんなことになったのだろう。

 どこに行っても、すぐ素性がバレる。バレたとたん、ふくろ叩きに遭う。おちおち一か所に落ち着くこともできない。

 一生、グズでのろまな夫にすがって、行く当てもないまま、あちこち逃げ回るしかないのだろうか。


(死んだほうがましだわ)


 一度、父を探して訪ねたことがある。

 爵位も領地も城も失った父は、平民として貴族の屋敷で従僕をしていた。領地の運営には全く才のなかった父は、言われたことをただするだけの暮らしを、それほど苦にしていないように見えた。

 自分の息子ほどの同僚に仕事のやり方を教わりながら、やけに爽やかな笑顔を浮かべているのを見て、シャルロットは鼻に皺を寄せただけで、声もかけずに帰ってきた。

 あんな暮らしに馴染むなんて……。

 バカみたい……。そう呟いたら涙が零れた。


 行き遅れて実家にいた姉も誰かの侍女になったと聞く。


(全部、アンジェリクのせいだ……)


 いつものように、心の中で毒づいて、けれど、もう嫉妬の炎が燃えることはなかった。


 シャツの汚れを気にして擦っているエルネストを眺め、父の姿を思い出し、全部……、と心の中で呟く。


「エルネスト、行きましょう」

「シャルロット、この汚れ、何かな。取れないんだけど」

「帰ったら、洗ってやるから」

「うん」


 全部……。


(私のせいだ。お父様も、お姉様も、エルネストも、何も悪いことはしてないのに……)


「エルネスト、ごめんね」

「何? なんで謝るの?」

「なんでもない」

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