第24話 鉱物

 馬に乗れるようになると、アンジェリクは一人であちこち出かけるようになった。

 街道の整備がイマイチなブールでは、ガタガタと馬車に揺られているより、ずっと速くて楽だ。石ころだらけの荒れ地を走る馬車ほど身体にキツい乗り物はない。

 

 ヴィニョアのモンタン農場で肉を買い、手紙を出したり受け取ったりして戻ってきたアンジェリクは、セルジュたちが出かける用意をしているのを見た。

 ちなみに肉の代金はセルジュのポケットマネーから出ている。腰の宝剣からルビーが一つ減っていることにアンジェリクは気づいていた。


「出かけるの?」

「ああ。お帰り、アンジェリク。ちょっと、鉱物の採集に行ってくる」

「鉱物?」


 サリとラッセのおやつだと言う。

 ドラゴンは何でも食べるけれど、特に好きなのは肉で、もっと好きなものが鉱物なのだそうだ。


「水晶を採掘できる鉱山があるんだ。アンジェリクも行ってみるかい?」


 エリクと、ほかに二人のドラゴン使いが馬の用意をしていた。アンジェリクの乗馬の腕と小柄な白馬では足手まといにならないだろうかと躊躇していると、自分の馬に一緒に乗っていけばいいとセルジュが言った。

 セルジュに乗せてもらうのは久しぶりだ。

 嬉しくなって、アンジェリクは満面の笑顔で頷いた。


「ドニにお肉を預けたら、すぐに戻ってくるわ」

「急がなくて大丈夫だよ。そんなに遠くないから」


 セルジュに背中から抱かれる形で馬に乗る。村を一つ越えたところで、荒れ地の先に切り立った山が見えてきた。

 つむじにセルジュの息がかかった。くすぐったくてドキドキする。


「あれがアズール鉱山だ。ここの洞窟を、一度きみに見せたいと思ってたんだ」


 鉱山の入口は、巧みに隠されていた。たくさんある岩の割れ目の一つに小さな印があり、洞窟に続いている。

 中は広い空洞になっていた。暗い坑道に足を踏み入れてから、セルジュはエリクに「いいよ」と合図した。

 エリクがランタンに灯を入れる。


 周囲がいっせいに白く光り始めた。


「わぁ……」

「どう?」


 壁がきらきらと光っている。水晶しか見えない。

 白く半透明の結晶はどれも大きく艶やかだった。美しくて、とても神秘的な場所だ。


「すごいわ。とても綺麗……」


 ほかにもいくつか鉱山を見つけてあるが、城から近いこの山が一番の産出地らしい。ドラゴンの飼育には、近くによい鉱山があることがとても重要なのだと言った。


「おやつと言っても、鉱物はドラゴンにとって欠かせないものだからね」


 鉱物を食べることで硬い鱗が維持されていると考えられている。それ以外にも、石は不思議な力でドラゴンの生命を支えているようだとセルジュは説明した。


「ルビーやサファイアも、とても身体にいいんだよ。エスコラの王立ドラゴン研究所では、病気の治療に宝石を使う。ドラゴンを捕らえる時や慣らす時にも使えるし……」


 アンジェリクはセルジュの腰の宝剣をチラリと見た。


「もしかして、その宝剣の飾りは、いつかドラゴンを見つけた時のエサ用?」


 セルジュは笑った。


「それも、理由の一つかもしれないね。そんなチャンスがあったら、僕はきっと、ここに付いている宝石を使うと思う。でも、どちらかと言うと、これは保険かな」

「保険?」

「きみと同じ理由で、大切に残してある」

「え……」


 ドレスはほとんど売ってしまったアンジェリクだが、宝石類の付いた装身具は残してあった。

 場所を取らず価値が下がりにくく、大きな金額に換えられる宝石は、いざという時に助けになる。飢饉のための貯えができるまでは、万が一に備えて手元に残しておこうと決めていた。


 けれど、同じことをセルジュが考えていたなんて……。しかも……。


「どうしてそういうことを黙っているの?」

「わざわざ言うほどのことじゃないだろ。第一、きみだって黙っていたじゃないか」

「そうだけど……」


 その大事な保険を、セルジュは一つ手放した。


「お肉を買うために、一つ売ってしまったのね……」

「さすがに、きみのドレスを売ったお金で買ったんじゃ、格好が付かないからね。情けないことに、ほかに余裕のあるお金もなかったし……。それに、きみが来てくれたから、一つくらい手放しても大丈夫だと思った。残ったお金でできることも、いろいろあるし」


 セルジュの宝剣に付いている宝石は、どれもかなりいいものだ。

 さすがバルニエ公爵家の持ち物というか……。


「ルビーを売ったお金で、城の修繕をしたいと思うんだけど、アンジェリクはどう思う?」

「あなたのお金なんだから、好きなことに使ってちょうだい」

「それはひどいよ。きみのドレス代は領地のために使ったくせに……」


 アンジェリクは笑ってしまった。ひどいことなのか、それは。


「なんでも話し合って決めたいんだ。きみの意見を聞かせてほしい」

「賛成よ。私も、あの屋根はなんとかしたいと思ってたわ」

「じゃあ、帰ったら工事の段取りを考えよう」


 城の修繕をすれば、そこにも仕事が生まれる。仕事のない人に働く場所ができるのだ。

 それは生きたお金の使い方だと思った。


 季節は冬に向かっているが、ブールには少しずつ明るい未来が近づいている。


 城に戻って、セルジュがドラゴンたちの世話をしている間に、ヴィニョアで受け取ってきた手紙に目を通した。

 妹たちからの手紙が三通、父からも一通きていた。

 相変わらず、学園の友人たちからの手紙も多い。

 

 中身は告げ口や証言や謝罪の言葉で溢れている。

 シャルロットを悪く言う手紙がほとんどだった。エメリーヌやフェリシーからのものは読むに堪えない内容で、途中で手紙を畳みたくなった。最後まで読み終わると、畳んでしまってもよかったなと思った。

 目立つグループにいた上級貴族の令嬢たちからだけでなく、子爵家や男爵家の控えめで大人しい令嬢たちからも、苦情めいたものや、アンジェリクの無実を証言するものなどが何通も来ていた。


 だが、はっきり言って、もうどうでもよかった。

 シャルロットがどこで何をしようと興味はない。せいぜいエルネストと二人で頑張ってくれと思うだけだ。


 結婚の報告をしてくれる手紙も何通かあったので、嬉しくなって丁寧に目を通した。


 中に一通、どことなく淫靡な印象を受ける紫に黒のレース模様が入った封筒があった。

 ブリアン夫人からだ。


 簡単な文面を読み終えて、アンジェリクは首を傾げた。

 暴露本を書きたいが、エルネストとはもう何でもないのかと確認する手紙だった。


「暴露本……」


 その道の教育係、エロエロのエキスパートであるブリアン夫人の暴露本とは、なにやらソワソワする。

 『暴露話って、みんな大好きなのよね』と、いつかブリアン夫人は言っていた。

 彼女の本が出たら大ヒット間違いなしではないかと思いながら、エルネストとは一切関係なくなったと簡単な返事を書いた。


 この時のアンジェリクは、暴露本の内容があれほどセンセーショナルなものだとは知らなかったからだ。


 知っていたら、さすがに止めたと思う。

 けれど、アンジェリクは遠く離れたブールにいた。短い手紙でのやり取りだけでは、夫人の真意を知ることはできなかったのである。 

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