第2話 知らない天井


 目覚めは最悪だった。

 突然頭を鈍器で叩かれたような衝撃と共に、襲い来る酷い頭痛に頭がグラグラした。


 昨夜、5年間も付き合って結婚間近だと思っていた恋人に、一方的に別れを告げられてからの記憶がほとんどない。


 途切れ途切れだが、最後の記憶は黒猫を撫でていたような?ないような?…全く思い出せない。



 いかん、完全に二日酔いだ。


 お水飲も…



 朦朧としながらうっすらと目をあけると、酒の飲みすぎと泣きすぎでショボショボの目には良く見えないが、いつもの見慣れた天井ではないことは確かだった。



 ん?ここはどこ?うちってこんな天井高かったっけ?てかベッド広っ!ふっかふかでリネンいい匂い!

 夢か?夢だな?ふっふー夢サイコー!



 冷たくてサラサラのリネンが心地よい。

 あまりの気持ちよさにコロコロと転がってみる。


 そして気がつく。



 あれ?もしかして、もしかしなくても私は服を着ていない?何故?

 うーん、でも頭も痛いし、リネンも気持ちいいし、なんか意味わかんないけど、どうせ夢だしとりあえずもう1回寝るか!



 酔いのためか、完全に思考回路が破綻していた。

 何故服を着ていないのか考えようと思ったが、素肌にサラサラのリネンがあたる感覚が、気持ち良すぎるので深く考えることはやめた。

 もう一度布団に潜り込むと、不意に後ろから伸びてきた暖かい何物かに抱き込められる。


 くるりと寝返りを打ってみると、目前に自分ではない人の気配。

 恐る恐る顔をあげて見てみる。



 えーと、隣のイケメン殿方はどなたでしょうか?

 ふわふわした黒髪猫っ毛のまつ毛の長いイケメン…私は存じ上げませんが…



 二日酔いでガンガンする頭を光速でフル回転する。


 営業部でエースと言われる私の武器、それは、人の顔と名前の覚えがいいことだ。

 その私の頭の人物ファイルにマッチングして行く……が、該当する人がいない。と、なると自ずと答えがでる。


 初見さん、初めましてこんにちは♡(てへぺろ)、という事だ。


 途端に血の気が引いていく。



 うわぁ…やっちまった…



 思わずガバッと起き上がると…胸に散らばる無数の鬱血の痕…

 それが情事の痕であるキスマークだと気がついた時にはすっかり酔いが醒めていた。


 慌てて飛び起き、足元に散らばった服を手早く身に着け、ダッシュで逃げるように部屋を後にした。



 廊下が長い!エレベーター遅い!

 てか、景色いーなぁー……っておい!

 ちょ……このタワマン、会社の近くではないですか!?



 何階建ての何階なのか、考える余裕もなく、とにかく下行きのボタンをバンバンと連打する。

 到着したエレベーターに乗り込み、またもや閉ボタンを連打する。

 エレベーターが下降し始めたところで、ほっとしたのか力が抜けてへなへなと座り込んでしまった。


 時計を見ると朝の7時。今日ほど休日で良かったと思った日はない。

 朝の冷たい空気で、騒がしかった頭に漸く冷静さを取り戻した。短く嘆息する。



 とりあえず、帰ろ。



 大通りでタクシーを拾い、帰宅する。


 酔いは覚めたが、二日酔いの頭は変わらず痛い…




 ◇◇◇




 酷い目にあった…もしくは酷いことをしてしまった?



 この年でまさかのワンナイトラブをやらかしてしまうとは夢にも思わず、タクシーの中で大大大反省&自己嫌悪に陥いってしまった…。


 ヘロヘロになりながら帰宅し、よろよろとシャワーを浴びるために洗面所に直行する。

 鏡に映る私はメイクもボロボロで髪もぐちゃぐちゃ…酷い有様だ。



 お風呂に入りたい…



 恐らく…いや、間違いなくやらかしてるであろう情事の痕跡を少しでも消したかった。

 浴槽の給湯スイッチを押し、メイクを落とそうと洗面台前に立つと、嫌でも目に入る…2人分の歯ブラシや男性用の整髪料、コロンやスキンケア用品…全て誠治のものだ。


 やらかしたことで頭の中パニック状態だったおかげで、泣き崩れることはなかったが、やはり、目に入ると胸が痛いほどに締め付けられるわけで、それらを勢いに任せて手当り次第にゴミ箱に放り込んだ。

 ついでだからと、洗面台だけでなく、キッチンのペアカップやリビングに飾ってあった写真、クローゼットの中の替えの下着と部屋着も全てゴミ袋に詰めた。


 そうして気が付く。


 5年間もの長い交際だったのにも関わらず、誠治の私物は最低限で私服は1枚も置いてなかった。


 そういえば、会うのは大体会社帰りに飲んでから私の部屋に来ることがほとんどで、休日一緒に過ごすことは稀だった。忙しかったし、あんまり気にしたことは無かったが、金曜日泊まったら必ず土曜日の朝には帰宅していた事を思い出す。


 きっと、本命がいたから。


 休みの日は本命と過ごすために、土曜日は朝方に帰ってたのだろう。



 二股…それも私はキープの方。



 認識してしまうと、結構ダメージが大きく、不覚にも泣きそうになり鼻の奥がツンとした。

 でも、こんなことで泣くのは癪に障るので、何クソと上を向いて耐える。



 そこには先程とは違い、見慣れた部屋の天井があった。

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