黒猫は月を愛でる
夢乃 空大
第1話 今日は厄日だ…
今日は厄日だ。
朝、いつも乗っている電車は人身事故で大幅に遅延。
振替輸送のバスは長蛇の列。
バス待ちしてたら、朝一のプレゼンに間に合うかどうかだからタクシーを拾ったのに、途中からまさかの大渋滞にハマる。
これは走った方が早いと、タクシーを降りてダッシュする羽目に…。
なんとか始業時間ギリギリには間に合ったが、バッチリ決めた髪もメイクも汗でぐちゃぐちゃ。
時計をチラリと見ると8時40分。プレゼン開始まで時間もあまりない。せっかく巻いた髪をシュシュでサイドにまとめ、手早くメイクを整える。
結果いつもと同じ感じになる。勝負メイクもへったくれもない。
そして、極めつけは…プレゼン資料を忘れるという。。。
もちろん、パコソンにはデータがあるので、問題ないっちゃ問題ないのだが、折角夜遅くまで書き込みをしてきたのに、苦労が水の泡になったことが地味に辛い。
ぶっつけ本番で当たって砕けろ!だ。あ、砕けてはいけないな。
このプレゼンは是非とも勝ち取りたい…自信なくなってきたけど…
これだけでも十分ついてないのに、コピーの部数を間違えたり、楽しみにしていた冷蔵庫のプリンを食べられたりと、この日は終業時間までやたら小さい災難が立て続けに起きた。
もう勘弁してくれ、一体なんなんだ。
そんな最悪な一日だったが、今夜は久しぶりに恋人の誠治とのデートがあるからなんとか頑張ることが出来た。
大学卒業後、同じ会社に就職が決まってから付き合って5年。お互いの仕事もいい感じだし、そろそろ結婚するんだろうな、と当たり前のように思っていた。
婚約指輪 結婚 プロポーズ
前に、誠治の部屋でパソコンを借りた時にチラリと見えた検索ワード。
相手も意識してくれてるんだ、と嬉しかった。
それから3ヶ月。
お互いの仕事が忙しくてなかなか会えない日が続いたが、大きなプレゼンが終わる今日、ようやく会える。
浮き足立った気持ちで、指定された店に入ると、誠治は既に席に着いていた。
「久しぶり」
声をかけると何故か気まずそうに目線を外される。何だかソワソワして気もそぞろだ。
あ、これはもしかして、もしかすると…と、期待が高まる。
席に着くと、前菜と食前酒のスパークリングワインが運ばれてくる。口に含むと微発泡が心地がよい。
こんなちゃんとしたレストランでデートなんて何年ぶりだろうか。
特に、最近は多忙過ぎて居酒屋だったり、お互いの家だったりでまったりする事が多かった。
もちろん、今日のデートもいつも通りだと思っていたのに、まさか特別な日でも何でもないのにお洒落なビストロデートなんて、もうプロポーズを期待するに決まってる。
前菜の後に運ばれてきた料理は、どれも大変美味しかった。
食べながら近況など報告しあったが、誠治の口数はいつもより少なく感じた。まぁ、緊張のせいだろうなと思いさほど気にしていなかった。
残すはデザートのみとなり、そろそろかと思っていたら、誠治は意を決したように告白をした。
「結婚………することになった。申し訳ないが、別れてくれ。」
はい、プロポーズ来ましたー!もちろん結婚す…って…へ?
◇◇◇
そこからどうやってここまで来たのか覚えていないが、気がつくと、缶チューハイ片手に公園のベンチに座っていた。
隣にあるコンビニの袋の中には、まだ未開栓の缶チューハイが数本とツマミ。そして、既に開けて空になった缶が十数本…
私は決してお酒が強いわけではないので、にわかには信じられないが、どうやらやけ酒で飲みまくったのだろう。
視界がふわふわして、街灯のあかりがキラキラして見える。
辺りを見回してみたら、普段ならなんでもない景色のはずなのに、全てが鮮やかに輝いてみえた。
時折、視界がグニャリとするのは置いておこう。
暦上では既に春ではあるが、夜は流石にかなり寒い。
だけど、お酒で火照った身体には冷たさが調度いい。
さっきまでの悲しい気分はなく、何だか楽しくなってきて、グイグイお酒がすすむ。
今日は厄日だーと思っていたけれど、まさか一日の終わりに最大の爆弾が落とされるなんて、夢にも思わなかった。
結婚を信じて疑わなかった恋人には、私の他に付き合ってた人がいた。それも2年。
そっちと結婚するから別れてくれとか、身勝手にも程がある。
私は一体、誠治のなんだったのか。ただの都合のいい女だったのか。
私これからどうなるんだろ。
思い出したらまた涙が滲んだ。
心にぽっかりと穴があいてしまった。
手に持っていた缶チューハイを一気に煽る。
お酒が一気に回って頭がクラクラするけど、今はとにかく酔いたい気分。
気がつくと、ツマミの匂いに釣られたのか、どこからやってきたのか、綺麗な黒猫が足元にちょこんと座っていた。
「可愛いにゃんこだねぇー。どこから来たのかなぁ?」
話しかけた後、言葉がわかるはずもないよなぁー、と自分の行動が可笑しくなって苦笑いする。
黒猫は人馴れしているのか、スリスリと足にまとわりつき、長いシッポを足に絡めて甘えてくる。
背中を撫でるとゴロゴロと喉を鳴らして、膝に飛び乗ってきた。
黒猫というと、どうも不吉とか悪魔とかそう言うイメージがあるが、今の私にはこの黒猫が天使に思える。
ぽっかり空いた心の穴に、そっと寄り添うようにあらわれたその小さな温もりに救われた。
ふわふわの毛を撫でているのが気持ちがいい。
ずっと撫でていたいなぁ。
心地の良い重さと温もりに、だんだん意識が遠のいていく。
「…猫でもいいから、私を慰めてよ。」
ペロリと頬を舐められた感触がしたが、私の意識はそこで途切れた。
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