軽音部の幽霊部員だったはずがいつのまにかバンドを組む事になっていた
かほん
音楽を楽しむという事
第1話 十二小節の邂逅と夕立ち
海老名駅から東口に出ると、ビナウォークと言う商業施設に出る。地上三階にそれぞれテラスがあり、飲食店や映画館などの娯楽施設が併設されている。
地上三階が映画館、二階がファッション、雑貨、飲食店、一階が海老名中央公園、そんな感じだ。
その海老名中央公園には、円形野外ステージがあり、時々ライブやなんかをやっていた。月に二三回、厚木から大和横浜まで近隣の市のストリートミュージシャンを集めてライブイベントをやっている。映画をみようかと思った時とか、買い物で海老名に来て、偶々通りかかった時に見かけることがある。余り興味がないから、じっくり見たことはないのだが。
二階で見ていたのを、わざわざ中央公園まで降りて見ているのは、知った顔が歌っているからだ。小柄な体で、大き目なサイズのギターを抱えて歌ってる。
バンドではない、ギターソロだ。曲はなんとなくボサノヴァっぽい。っぽいだけでボサノヴァとは全然違うんだけど。そうして、最後にボサノヴァのスタンダードな名曲、「
なんだかロックとボサノヴァの融合みたいな曲が終わり、「ありがとうございました」と、終わりの挨拶をすると、彼女はギターを片付け始めた。
彼女がギターを片付けているのはセミハードケースなんだけど、あれ、雨に弱いんだけどなぁ。今日は夕方から雨だって予報してたし、スマートフォンが。どうしようか。今手に持っているのは、自分の傘。無いと俺が濡れてしまう。でもギターが濡れるのもな。楽器が濡れるのを見るのは忍びない。少し迷ったが、結局その子に近づいて、
「先輩。今日夕方から雨だって予報だったからこの傘使ってください」
と傘を貸した。先輩は「悪いよ、大丈夫だよ」と言っていたが、
「いや、ギター濡れちゃうんで」
と言ってやや強引に渡した。
そう。彼女は俺の高校の二年生の先輩で、序でに俺が在籍する軽音楽部の先輩でもある。もっとも軽音楽部の部室に行ったのは数回で、今は全く行くことはない。別に友達が出来なかったとか、そう言うことじゃ無いから。
いや、確かに友達はできなかったけど、それは音楽性の違い、要するに好みの音楽の違いが原因だから。
そんなわけで、軽音楽部の部室で、浮いてしまった俺は部室から足が遠のき、立派な幽霊部員になってしまったとさ。
それで、部室で何回か先輩とは顔を合わせていて、正直にいうと、可愛い人だな、って思っていた。背が小さいのもそうだし、顔の造作も好みだ。よく表情が変わるくるりとした目、すっと通った鼻梁、よく笑う口。そう俺は彼女の笑顔が好きだったんだ。
そんな彼女は俺のことは覚えていないだろう、と思いつつ、傘を貸した。その時ぽつ、ぽつ、と雨が降り始めた。
「じゃ」と言って駅まで走る。傘は却ってこないだろうな、まあいいか、五百円のビニール傘だし。
家の最寄り駅に着くとすでに雨は本降りになっており、仕方ないから走って帰った。先輩濡れなかったらいいけどな。
島村彩子。それが彼女の名前だった。
だから月曜日、昼休みに島村先輩がやって来た時は本当に驚いた。
「高木くんいる?」
教室のドア近くにいた女子に声をかけて、俺を見つけると教室に入ってきた。
「傘ありがと。お陰でギター濡れなかったよ」
「そりゃ良かったです」
面食らっていたので、ぶっきらぼうな調子で答えてしまった。もっと、何か声を掛けるべきだろうか。
「これお礼のクッキー。食べてね」
「あ、有難うございます」
駄目だ、まだ立ち直れていない。気の利いた言葉が出ない。
「態々すいません、もう却ってこないかと思ってました」
やっとそれだけ言えた。もう少し先輩と話していたいな。何か話しかける事ないかな。
「このクッキー、先輩の手作りですか」
それだけ言えた。駄目だな、俺、アドリブに弱い。
「お店で買ったものだよ。それとも手作りが良かった?」
「いえ、どっちでも良いです」
と答えてから、答えを間違っていることに気がつき、
「どっちも好きです、て言う意味です」
と慌てて付け加えた。
先輩はにこっ、と笑って
「じゃあ今度作ってくるよ」
と言った。
それから
「高木くんは放課後暇?」
「暇と言えば暇です」
確かに時間はあるんだけど。その時間はギターの練習に当てようと思っていたんだよなあ。
「放課後なんか有るんですか」
「軽音の部室行こうよ、ね?」
「えー。軽音ですか。既に幽霊部員の俺が?」
「大丈夫だって、あんまり顔を出さない先輩だっているんだし」
じゃあ、放課後呼びに来るから待っててね、と言って先輩は去っていった。
軽音の部室に行くのか。俺自身は殆ど用のない場所なのだが。どうしようかと考えていると、今しがたまでしょうもない事を会話していた敦が
「なーなー。今の誰?」
と聞いてきたので、軽音の先輩だ、とだけ答えた。
「お前、軽音入っていたの!?」
物凄くびっくりされた。そんなにおかしいかな、やりたい音楽の方向性が近い人だっているかもしれなかったじゃないか。
と言うようなことを話して、そんなにおかしなことではないだろう、と言うと、
「だってお前のやってるのクラシックじゃん。軽音入るのって、ロックやポップスやりたいからだろ?それじゃ話し合わないだろう」
「確かに俺の方向性と近いやつはいなかった。それは認めたい。でもインストやりたいってやつは居たんだ、そいつもすぐ辞めたけど」
敦はふーん。と急速に興味が薄れたようで
「それで、さっきの先輩なんていうの?」
と聞いてきた。
その物言いに、すこしイラッときたが教えてやることにした。コイツと接点は全くないだろう、と思ったからだ。
「二年の島村先輩だよ」
「へー。優吾、放課後軽音部行くんだろ?俺も一緒に行くよ」
「え、お前バンドに興味あったの?音楽とか動画サイトでタダで見ればいいとか言ってただろ?」
「え、言わなかったっけ。俺中学の時バンド組んでたんだよ」
えぇー。と俺の驚きの声が教室に響いた。
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