誕生日

沈黙静寂

第1話

「初めて見た時から好きでした、付き合ってください!」

 高校生になって間もない内に、ふたばというクラスの女子から告白された。初めても何もまだ出会ったばかりだと思いますが。ご丁寧なことに手紙付きで、こちらも今すぐ全く同じ愛を返すこともできたが、平凡に「いいよ」と言葉を返した。友達にさえなりにくい雰囲気を纏い、学年が進むにつれそれが深刻化する私に付き合いを申し込むことなんて、今後二度はあっても三度はないんじゃないかと諺に反して思うから。嫩が「やったー!」と言うのに私も何故か「やったぁ」と同調した序でに、屋上で二人手を取り合い、柄にもなくぴょんぴょん飛んだ。

 好いてくれるなら誰でもよかった。そういう態度で、相手もそれを分かっていながら付き合い続けた。見て呉れの親密度が上がる中、私の家でデートすることになった。

「わたし引き取ってもらっているんだ」廃棄するのが面倒でそのままにしているベビーベッドに寄りかかって、嫩は第二の告白をしてきた。

「実親がいなくてね。顔も見たことないんだけど。元々隣町の学校に通っていて、今の親の都合で高校からこっちに来たんだ」

「へー」私は空返事で受け応える。嫩にとっては一世一代のカミングアウトだったりするのかね。

「まぁ目の前で死んだとかじゃないから気にはならないけどね。明巳はるみちゃんは一人暮らし?ママとかいないみたいだけど」

「私もいないよ。生まれてすぐ死んだ」特に間を空けもせず事実を伝えた。そのくらい普通のこと、または別に普通でなくてもいいと思っているからだろうと自己評価。まぁお家デートならこうなるか。

 嫩は聞いてはいけないことを聞いたかと思い唇が痙攣した後、だとしたら自分も言ってはいけないことを言ったようなものだと論理を構築し、「明巳ちゃんもなんだ……」と呟いた。その後一転あるいは二転三転して、これも運命かな、どニヤリ顔を浮かべた。

「私も殆ど覚えてないけど」

 お互い配慮は無用のようだが、実親不在トークで盛り上がるのは敷居が高いので、我が家の低い敷居を跨いできた嫩を思って話題を切り替えた。そこで興味不在の為かこれまで聞き忘れていたことを漸く尋ねた。

「嫩って何で私を好きになったの?顔とか?」

「いや顔じゃなくて、いやいや顔だけじゃなくて、嫌々というか好きなのは、声とか仕草とかかな。何というか、雰囲気?あと手とか。フェチみたいなの」

 その答えを証明するように嫩は私の右手を撫でてくる。よりによってそこを好きになる人なんているんだと驚いた。勿論雰囲気の方ね。

「というか一人暮らしって凄いね。わたしまだ他人の手を借りているよ」口実を得た両手がその説得力を示す感触に囚われて、話題は元に戻った。脛までは齧らないでよ。

 しかし本当に私のことが好みであるようだ。二人でいる間は私と片時も離れようとしないし、誰も来客のなかった家まで来て、秘密の内情を明かしてくれた。流石の私も擽っくなって、そろそろいいかな、と隠していたことを告白した。

「私には見たものを複製する能力がある」

 さっきまで滑らかに動いていた嫩の表情はぽかんと、両手はぴたっと止まって、私は手近にあったぬいぐるみをすぱっと取る。

「ほら見てて」言うと同時にぬいぐるみは二体に増えた。大して見ない料理番組のように予め用意していた訳ではない。嫩は目を擦るありがちな挙動を見せてくれる。他にも家の中にある品々を複製してみせると、その度に目を擦る。目薬も複製しておこうか。

「外に出てみようか」

 お腹が空いたのと、家の中だけではリアリティに欠けるかなという想像から、嫩を連れて地元のスーパーに行く。野菜売り場でトマトとキュウリを手に取り、トマトは籠には入れず戻し、キュウリは購入する。外のベンチに腰を下ろし、レジ袋の中からは購入したキュウリが、複製した正真正銘エコバッグの中からは複製したトマトが現れる。目を丸くする嫩に複製したトマトを「食べな」と差し向けて、嫩はおずおずと口にする。

「私は実際に見たものを何処にいても一つだけ複製できる」バッグから再び複製したトマトを取り出し、今度は私が食べる。

「複製されるのは私が最後に見た姿。壊れたり失くなってしまったものは私がその姿を見ていなくても複製できない」購入したキュウリを半分に折り、キュウリの姿をどんなに想像してみせても、新たなるキュウリは現れない。

「つまり、複製の元をオリジナル、複製して生まれたものをコピーと呼ぶなら、オリジナルが存在する限り、コピーをオリジナルと認識することはできない。一度オリジナルと認識したものは、その壊れた状態をオリジナルとは認識できない。この折れたキュウリ自体も複製できない。また複製するには全体を細かく自分の眼で見なければならない。だから例えば地球は現実的に複製できない。小さければ小さいほど複製しやすい。複製しようと思い立つ場所は自由だが、コピーを生み出す場所は実際に見たことのある場所に限る」

 トマトは今ならいくらでも出せるけど、と追加注文を承ろうかと思ったが、嫩はそんな調子ではなく、未知への恐怖に勝るほど食欲旺盛ではないらしい。

「どのくらいの大きさまで複製できるか試したことがあるんだ。この野菜とかぬいぐるみは簡単。あの家はどうだろうなーと思って近くの山の前で念じてみたんだ。もし本当に出来て他の家が潰れたら面倒だから。そしたら出来た。出来ちゃったもんだから別荘のつもりで放置しているよ。そしたら次はこの町を複製しようと思って無人島で試したら、今度は無理だった。見知った小さな町のはずなんだけど、工事とかやってるからかな」

 確か、この能力に初めて気付いたのは幼稚園の頃だった。それ以上は思い出せない。

「以上が私の能力について知っていること。経験から得た生活の知恵ってやつだね」

 ただし生命の複製については未解明なことが多い。昔、猫を複製してみたが、驚いたのか、一匹の猫がけたたましい鳴き声を上げて何処かへ走り出した挙句、交通事故に見舞われた思い出があるから。それと自分自身は複製したことがない。何か怖くて。だが何にせよ無理だろう。鏡は見た扱いにはならないし、身体が柔らかい訳ではないから。

「そういう訳で一人暮らしも簡単なんだよね。お金倍になるし、そもそもお金あんまり使わないし。食品とか人々に消費されるものはこうやって見物しないといけないだけで」

 解説しながら帰路につき、着いた家の中では大量のトマトとキュウリが机上に並んでいる。経営者からすれば商売上がったり、私の気分も上がったり。

「あ、一応誰にも言わないでね。信じる奴なんていないと思うけど」

「………………………………………………凄い」

 これまで開いた口からトマト果汁を垂らしていた嫩が、やっと飲み込んでくれた。

「凄い、凄すぎるよ!わたし、明巳ちゃんが特別な人だとは思っていたけど、こんな能力があるなんて!神だよ、神様の領域だよ。こんなの何でも出来ちゃうじゃん!」

 目を再び輝かせた嫩は右手を握りしめて主張する。友達以外ならと言いかけたけど、今は嫩がいるから人間にまで恵まれている。幸せだなぁ、僕は君といる時が一番幸せなんだ。それはいいとして、嫩は私の周りで能力に由来しない唯一の存在だ。そう考えると急に嫩の姿が膨張して見え、頭に貼り付けられていく。あれ、嫩ってこんなに可愛かったっけ。

「…………ねぇ、嫩。複製させてくれない?」

 そう言って絨毯に押し倒した。複製の為には全身を隈なく見る必要がある。今どんな顔をしているか見る勇気はない。だから最後に確かめよう。まずは制服の裾に手をかける。

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