第38話/生徒会長選挙③

 その後、他の二人の候補者のスピーチが続いた。

 一人は、浜中伸志はまなかしんじと名乗った。校則の緩和には断固反対の立場だった。理由は、風紀が乱れるから。コースの再編が進んでも、在校生に影響は出ないと強調していた。

 もう一人は、森崎もりさきかなみ。同じクラスの女子だった。三年手帳によると確か、選挙は浜中との一騎打ちになると記憶していたが……。未来が少し変わったのだろうか。候補者の追加が与える影響をおもんばかった俺は戦慄した。

 かなみは、校則の緩和には慎重な姿勢で、必要な部分の改善のみに留めるべき、という意見だった。校内行事の一部を地域共催とし、地元住民へ開放するという斬新な案を掲げていた。かなみの公約を聞いて、俺は胸を撫でおろした。校則緩和反対派の票を、浜中とかなみで取り合う形になるだろう。

 二人が校則の緩和に尻込みするのは理解できた。あの鈴音でさえ公約にしてなお、成し遂げられなかったのだ。多大な労力が掛かることは目に見えている。


 続いて、応援演説が始まった。詩織が笑顔で登壇する。それまでとは打って変わって、講堂を歓声が包んだ。暗転に沈んだ聴衆のどこからか、詩織の名を叫ぶ声が上がる。


「いやー、皆さん。どうもどうも」

 詩織は相変わらずの軽口を並べながら、手を振って聴衆が静かになるのを待った。


「一年A組の小澤詩織です。これより、生徒会長候補、木崎優子さんの応援演説を行わせて頂きます」

 詩織は終始笑顔だった。原稿にほとんど目を落とすことなく、まっすぐに前を見て演説していた。練習を重ねたであろう事は明らかだった。浜中も詩織に応援演説を頼みに来たのだと香奈が教えてくれた。先約があると、断ってくれたらしいが。この辺りの細かなやり取りは、三年手帳を反復しても見通すことはできない。俺は胸を撫でおろしていた。


 詩織の応援演説は時に真摯に、時に笑いを織り交ぜながら進んだ。折々に湧き上がる歓声に、俺は手応えを感じていた。


「……皆さん、木崎優子に清き一票を! 小澤詩織でした!」


 最後まで鮮やかに語り終えると、ペコリと頭を下げた。その瞬間、万雷の拍手が沸き起こった。詩織は手を大きく振って笑顔で応えると、満足そうに自らの椅子に腰かけた。


 各候補の応援演説が終わると、鈴音が挨拶をして、文化祭の閉幕を宣言した。


 それから二ヶ月は、毎週月曜日に校門へ立った。支持者を増やすために街頭演説を繰り広げるのだ。詩織と香奈も隣に並んでくれた。応援演説でそのファンを増やした詩織は、握手を求める聴衆に丁寧に応えている。どちらかと言えば、優子よりも詩織に話しかける人の方が多かったように感じて、俺は苦笑いした。優子はそんなことを気にもかけず、通り過ぎる生徒へ実直に支持を呼びかけていた。


 嵐に吹かれるように二学期は過ぎていった。終業式を迎え、年末年始を越え、あっという間に三学期の始業式がやってきた。


 始業式の終わった後の講堂では、引き続き生徒会長選挙が執り行われようとしていた。投票は既に入場の際に済んでいる。式典の間に開票が行われ、結果が発表されるのを待つのみであった。三人の候補がステージに並ぶ。優子は緊張の面持ちで座に着いた。周囲を見渡すと、教職員の間にも張り詰めた空気が漂い、ざわめいている。俺は選挙の担う重さを肌で感じていた。


 鈴音が登壇し、選挙の趣旨を改めて説明する。


「それでは、新生徒会長を発表します」


 鈴音が厳かな口調で聴衆を見渡した。


「得票数、一〇八一票……」

 全校生徒は一三六八名。


「木崎優子さんを次期生徒会長と致します」


 圧倒的得票だった。

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