第29話/木崎優子②

 その後、俺は図書室へ通いつめた。

 梅雨が明けて、気温が上がりはじめた初夏のことだった。その時は、意外と早くやってきた。


「私、自分のこの引っ込み思案な性格が嫌なの。こうやって仲良くなれれば、気軽に話せるんだけど……。視力も悪いから、なんとなく目を伏せちゃって……」


「そうかな。受け答えはしっかりしてるし、よく本を読んでるからか、話の内容も明瞭でわかりやすいと思うけど」

 俺は貸出カウンターの中で、優子の隣に腰かけていた。持ち上げすぎないように気をつけながら、話を聞いていた。


「そんなことないよ。そもそも、話し始めるまでの敷居が高すぎるの。すごく意識しちゃって……」


「そんなものかな」


「君は不思議だね。なんだか初対面じゃないみたい……」

俺はギクリとした。心中を見透かされているようで、背筋が凍る。しかし、優子は俺の冷や汗を気にする素振りも見せなかった。


「あぁ。私も本条先輩みたいに誰からも慕われるような、出来た人間になりたいな。生徒会長になるくらいだから、人間の格が違うのかしら……」


「そんなことない!」

 思わず俺は声を荒げてしまった。優子のセリフはわかっていたはずなのに。


「そんなことはないよ。木崎さんは聡明で、篤実とくじつだ。ただ、一歩を踏み出せていないだけ、だと、思う……」

 俺は静かに言い直した。


「一歩、かぁ……」

 一瞬驚いたような表情を見せた優子だったが、味わうように俺の言葉を反芻はんすうしていた。


「鈴ね……生徒会長に会ってみないか。幼馴染なんだ」


 俺の腹は決まっていた。優子を生徒会長にする。これだけの才覚を埋もれさせておくことは多大な損失だと思っている。そして、俺が露払いになる。簡単なことではない事はわかっていた。俺は覚悟とともに言葉を紡いだ。


「木崎さんは生徒会長になるべきだよ。その資質を持っている」


「えぇーーーーーー!」

 優子の絶叫が図書室に響いた。利用者の視線が一点へ集まる。優子は口を抑えると、立ち上がって一礼した。視線が散ったことを確認すると、ゆっくりと椅子へ座りなおした。


「無理! 無理! 無理! 何言ってるの?」

 声を抑えながらも、力強く首を左右に振って否定する。


「なんで? 資質は俺が保証するよ。それに鈴音も昔は、結構抜けてたんだ。生徒会長をはじめて、あれだけ堂々とできるようになったんだ」

 少し脚色を施した。


「本条先輩が? にわかには信じられないけど……」


「話だけでも聞いてみればいい。時間の無駄にはならないと思うよ」

 優子は逡巡しゅんじゅんした。俺は黙って答えを待った。


「そうね。本条先輩には興味があったし。君がそういうなら……。橋渡しをお願いできる?」


「あぁ。予定が組めたら、また伝えるよ」

 俺は努めて冷静に言った。


 しかし、心臓の鼓動は痛いほどに激しく鳴っている。背中は冷や汗でぐっしょりと濡れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る