1章.5

『貴方の願いは、それで宜しいのですか?』


 何処からともなく聞こえる声。

 そして、突然。辺りを眩い光が包み、女神が現れた。腰まで伸びる白金髪プラチナブロンド。吸い込まれそうな碧色へきしょくの瞳。白く透き通る程の肌。

 衣服は薄く、だが女神の大事な部分が見えそうで見えない、ギリギリなラインを保っていた。


『あのぉ、幾ら目を細め下から覗いても、いやらしくもけがれた者の目では、裸は透けて見えませんよ』


 「チッ、見えないのかよ」


『何ですか? 舌打ちですか?』


 女神は微笑んではいるものの、その表情は不自然に引き攣り、こめかみには血管が浮き出ていた。


『あの! 貴方の願いはそれで良いのか、聞いているのですが!』


 願い? もしかして、俺が叫んだ『こんな世界は滅びてしまえ』って、やつか?

 まてまて、それは冗談の類で本気ではない。

 そんなもので世界が滅んでしまっては困る。


「……いや待て、今のは冗談だ」


 どうせ、願いを叶えて貰えると言うなら、一生遊んで暮らせる金か、それとも英雄になれる力か。いや、それとも全ての女性を虜にする美貌を――


「バジリスクを頂戴。あっ、討伐は面倒ね。新鮮な状態に締めたバジリスクがいいわ」


『貴女の願いは、それで宜しいですか?』


「ええ、それでお願いします」


『願いは賜りました。では、地上の者達よご機嫌よう――』


「えっ嘘。ま、待って。その願い叶えるのは待ってくれぇえ!」


 俺の叫びは届かず、目の前にバジリスクがドーンという音を立て落ちてきた。新鮮に締められた状態の良いバジリスクが。

 うっ嘘だろ、なんてこった…………


「さて、頼まれたものは手に入ったわ。帰るわよ」


 泣き崩れる俺を無視し転移魔法で飛ばされる。

 その後〈森の魔女〉へ無事にバジリスクを届け、わずかながらの謝礼として金貨を数枚もらった。


 その晩は、謝礼を手に町の大衆酒場で豪華な食事とエールをテーブルに並べ、周りの目を集めることとなる。


「ぷっはぁ。ひと仕事した後は、やっぱりコレね」


 姉貴は口元にエールの泡をつけ、満足そうにしていた。猫耳幼女は鹿肉を口に頬張り、片手に猪肉、もう片手に果実の搾った飲み物を手にしていた。

 その幼女を横目に、俺は姉貴に問いかける。


「なぁ、姉貴。なんであんな願い事にしたんだよ……」


「あれぇ? もしかして、あんた大金持ちにとか、英雄になりたいとか、世界中の女性からモテたいとか――願いたかったの?」


 落ち込む俺に追い討ちをかけるかの如く、姉貴は図星の答えを投げてきた。


「あぁ、そうだよ悪かったな……」


 あんたの事は全てお見通しよ、といった表情で笑う姉貴。その髪には、いつの間にか四つ葉のクローバーを宝石に取り込み髪飾りに作りかえ、飾られていた。


「願いって言うのはね、自身の手で掴み取り叶えるから良いのよ。愚弟のアンタには、まだ理解出来ないだろうけどねぇ」


 そう言って、エールを飲み干し店員にお代わりを注文いていた。


 ――まぁ、良いか。こんなに楽しそに笑う姉貴は久しぶりだ。それに、いつも通り幸せそうな猫耳幼女。そう、彼女らがいるんだ。

 この先、退屈することはない。こんな、幸せな世界なんだから楽しまないとな。


「ありがとう、姉貴。それに猫耳幼女」


「今、何か言ったぁ?」


「いや、気のせいだ」


 さて、俺も食うぞ! 明日も冒険が待っているのだから――

 酒場では今日も人々の笑い声や、楽しげな会話が響いていた。

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