1章.4

「ば……バカな。たかがマンドレイクだろ? オッサン、あんた何者だよ……」


 受けた肉体的ダメージよりも、精神的ダメージによって、俺は膝を落とした。そして、衝撃を受けた腹には真紅の液が滲んでいる。


「小僧、貴様。俺がマンドレイクだからと油断したな?」


 オッサン顔を歪ませ、ニヤリと笑うマンドレイク。勝ち誇り、ナイフを俺に突き付け、更に語る。


「貴様ごときが敵うはずなかろう――こう見えて俺様は、この迷宮ダンジョンの唯一無二の守護者。我が名は……」


 ボコッ! ドスッ! と鈍い音の後に、言葉途中にしてマンドレイクが地に伏せる。

 見ると、その背後に姉貴と猫耳幼女が立っていた。


「あ、姉貴……」


「あんた、なに遊んでいるの?」


 そう口にした姉の右手には、四つ葉のクローバーが。そして、その表情は何故が満足そうであった。

 その横で猫耳幼女は、おもむろにマンドレイクの頭の葉を掴み、鞄から取り出した瓶にそれを突っ込んでいる。


「思わぬ収穫ニャ、高く売れるかニャ?」


 相も変わらず楽しそうな猫耳幼女。幸せそうで、なによりです。


「なにマンドレイクごときに手こずっているの? 本当に、あんた愚弟ね」


 いや、姉様。今、マンドレイクが言ってたではありませんか。迷宮ダンジョンの守護者だと。

 それに貴女あーた、マンドレイクの一番の見せ場である、大事な台詞の途中で殴り倒しましてよ……

 そんな事も気にせず姉貴は、手に持つ四つ葉を大事そうに見つめていた。


「ゴメン、助かったよ。でも、遊んでいたわけじゃないんだ。この洞窟から脱出する出口を探して、俺なりに頑張っていたんだって」


 俺の腹傷を回復魔法で手当する猫耳幼女を横目に、俺は姉貴にそう説明した。


「あんた、馬鹿なの?」

「ご主人はバカなのかニャ?」


「えっ?」


「そんな心配する必要ある? 転移魔法で戻ればいいだけでしょ、そんなの」


 はぁあ⁈

 そんな魔法使えるなんて聞いてませんけど? それに、猫耳幼女が知っていて、何故に弟の俺には教えてくれてませんの?


「お姉様、いつそんな魔法をお覚えで?」


「一昨日よ。森の魔女が、この迷宮ダンジョンは罠が多く、万が一の為にと伝授してくれたのよ」


「そ、そんな、一日やそこらで転移魔法を覚えられるものなのかよ」


「普通は無理ね」


「じゃあ、何故?」


「何故? そうね、私にも分からないわ。でも、あんな簡単な魔法、覚えられて当然だと思うけど」


 手に持つ四つ葉をクルクルと回し、眺めながら姉貴は答えた。

 いやいやいや、簡単なって。転移魔法って言ったら貴女あーた、超上級魔法ですよ。

 数少ない他の英雄等級の術者だって、数年の歳月を経てやっと覚えられる術。

 だから転移術式が組まれた巻物が、家を買えるほどの値をつけて売っているんですけど?


「いやいや、姉貴。転移の巻物が幾らするか知ってて言ってんのかよ。それが簡単? そんなのは反則的チートレベルですよ」


「そう言われてもね。――あれ? それってもしかして、私が天才だからなのかしら」


「流石お姉様、天才だニャ」


 そう言って、アハハハと笑い和んでいる幼女と姉。


「くっ、くそぉ。こんな世界は滅びてしまえぇ」


 虚しさと悔しさ、そして怒りとが渦巻き湧き上がる感情に、俺は叫んでしまった。なんとも不平等なこの世界なんて嫌いだ――

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