第7話


「僕は明日から父ちゃんと母ちゃんと一緒に野菜作りを――」


 遠くからそんな誰かの声が聴こえてくる。


「ルスト! ま、間に合うかな!?」

「しらなっ、けど! とりあえず走れ! なんであんな所を集合場所にしたんだおよ!」


 山で話し合ったあとオレとマリは全速力で下山し、村への帰路についていた。

 約束村からさっきの山まで中々の距離がある。何故子どもの頃のオレたちはあんな場所で夢を確認するなんてカッコつけたのか。どうやら当時のオレたちは相当アホだったようだ。

 昔の自分に悪態を付きながらどうにかこうにか村の広場まで戻ってきた時には、息も絶え絶えで立っているのもやっとだった。


「――――これが私の大人としてやろうと思っていることです」

「はい、ありがとう。これから新成人として頑張ってね。……えーっと、もうこれで最後かのう……」

「ま、待ってください!」

  

 渇き切った喉を酷使してオレは声を張り上げた。


「ここに……まだ2人、います」

「ルスト! 村長待ってください! まだ私たちの子が!」

「マリ! 良かった……無事で」


 客席から立ち上がった2つの影は父さんとシュミットさんだ。父さんは司会を務めている村長に説明しに行き、シュミットさんはこちらに来るや否やマリの頭をワシワシと乱雑に撫でていた。


「パパ」

「まったく、こんな日まで騒ぎを起こして……このバカ娘が。村でさえこんなにお転婆してちゃ、旅先で上手くやって行けるか心配になっちまうだろ」

「ごめん。でも大丈夫。これからは気をつけるから」


 わかってたけどマリは両親に旅に出ることを納得してもらってたんだな。それに引き換えオレは。


「お帰りルスト」

「ただいま。こんなに遅くなってごめんな」

「なに構わないよ。むしろマリちゃんも無事でちゃんと戻ってこられたのだから完璧しゃないか」


 運営用のテントかた歩いてきた父さんに謝ると、父さんはいつものように穏やかに受け止めてくれた。

 このいつも優しく接してくれる父さんに、これからオレがしようとしていることはやっぱり親不孝なのでは、と考えが過ぎる。

 

「村長に相談したら再開はルストたちが落ち着いたらで良いって言ってくれたよ。舞台に立つのはしきたち通り男のルストかららしいが」

「ありがとう。じゃあ待ってくれてる人に悪いし、もう行くよ。今のでだいぶ落ち着いたし」

「そうかい? ……わかった。さぁ、自分の正直な気持ちを言っておいで」

「父さん……うん」


 行ってきなさい。それだけ言って父さんは母さんが待っているであろう客席へと戻っていた。

 自分の正直な気持ち……父さんには敵わないなぁ。

 いつまでも感傷に浸っていても仕方ない。オレは運営用のテントにもう再開をしてもいい旨を伝えた。


「お待たせしました。次に上がるのは衛兵長の息子ルスト」

「はい!」


 名を呼ばれて立ち上がったオレは舞台脇にある階段を上り、舞台の中央へと誘導される。

 隣にいる村長が顎に蓄えてた長い髭を撫で、うんと大きく頷いた。


「ルスト。君がこの先どのように生きていくのか。皆の前で宣言し、望む未来に向かって努力を怠らないことを誓いなさい」

「はい」


 視線を村長から村人全員がいる客席に移すと、あまりの人の多さに緊張が込み上げてきた。

 本当ならもっと余裕をもってからこの舞台に立ちたかったが、今さら言ったところで遅い。覚悟を決めオレは口を開いた。


「オレは父さんのような強くて、村の人たちから信頼される立派なん衛兵隊になりたい。つい最近までそう思ってました」


 「つい最近まで?」とどこからどもなくオウム返しされた。

 期待を裏切る返しに客席がザワついたのを肌で感じる。中には客席の中にいる父さんに奇異な視線を送っている人たちもいた。

 言ってしまった。などと後悔しても遅い。もうここから先はどう取り繕っても元に戻れないんだ。


「衛兵隊に入ってこの村で父さんと母さんに少しでも楽な生活をさせてやる。それが親孝行だって信じてきました。でもやっぱり……オレは外の世界が見たい」


 自分の思いの丈を言葉に乗せていく。


「父さんたちには本当には申し訳ないと思ってる。それに旅なんてどれだけ不安定な生活になるかもわからない。だけど本に書いてあることが、大国から来た旅人の話が本当なのか、自分の目で確かめたいんだ」

 

 山の上でマリと話して確信してしまった。

 きっとこの想いを隠し妥協した末に安定した生活を手に入れたところで満足することはない。ひたすら後悔し続けてしまう。

 そんな未来の自分の姿を想像して嫌だとはっきり答えが出た。 

 例え選んだ道がどれだけ過酷なものであろうと、選ばなかったことを後悔したくないと。


「だから――オレは旅に出ようと思います」


 宣言を締めくくると客席から拍手が送られてきた。

 胸にあるのは一抹の不安とやりきったという達成感。


「堂々とした素晴らしい宣言ルストよ。村の若者が去ることを寂しく思うが、その旅路が良きものになることを願っておる」

「ありがとうございます」


 深々と村長に頭を下げたオレはマリ最後の発表者のために舞台からはける。

 舞台から降りる際、視界の端に映った父さんと母さんは涙を流し……そして笑っていた。

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