第5話


「どうだ、そっちにいたか?」

「いいや駄目だ。見つからねぇ」

「くそっ。明日は成人の儀だってのにどこに言ったんだよ……」


 村の中央。成人の儀のために用意された舞台前に戻るとランプを持った数人の男の人たちが、実りがない状況を話し合って頭を頭を悩ませていた。

 既にもう日を跨いでいる時間故に灯りつけている家はないが、空に佇む月と各々が持つランプのおかげで視界は十分に保つことができる。

 話し合っている人たちの1人、シュミットさんは、彼らに合流しようと戻ったオレに気付くや否や縋るように訪ねてきた。


「ルスト君、畑の方にマリは……」


 近くで見たシュミットさんの顔には明らかに疲労の色が見てれた。

 当然だ。シュミットさんはマリが帰って来てないことをオレに伝えに来る以前に1度村全体を1人で探し回り、その後もオレや他の村の人たちと協力して村中を休みなしで奔走している。なにより娘が行方不明という事実そのものが日頃豪快な彼を精神的に追いつめているのだろう。

 ここでオレがこんなにも村の人たちに迷惑をかけた幼馴染の手を引いて戻ってこれたなら、どれほど良かったのだろう。

 シュミットさんから寄せられる期待に応えることができないことが申し訳なくて、オレは彼から視線を外し結果を報告した。

 

「……畑の方にはいませんでした。考えられる所は全部探したんですけど」

「そうか」


 オレの報告を聞いたシュミットさんが更に落胆したのがわかった。

 クシャっと顔を歪ませたシュミットさんは「ありがとう」というとオレを連れて他の人たちの下に戻り、彼らにも情報を共有する。


「畑にもいないとすると、あとは東の川としもの湖くらいしか考えられないぞ」

「川なんてこんな暗いのに探せねーよ!?」

「それでも探すしかないだろ。たしか漁に使った敷き網が道具小屋にあったはずだから取って来てくれ」


 どうやら今度は全員で川を探しにいくつもりらしい。

 村の東にある川はとても大きいだけでなく、かなりの深さがある。それに深間は特に流れが強く子どもはおろか大人でも油断すれば溺れてしまうほど流れが激しい場所もある。いくら大勢で行ってもこの夜じゃ捜索は困難を極めるだろう。

 そもそもマリが川で溺れていたとしてら見つけたところで……。

 

「くそっ」


 最悪な想像を払いのけるように頭を振る。

 何考えてるんだオレは。そんなことを考えてるなら少しでもマリを探せ!


「おじさん! オレも行きます」

「いやルスト君。君はもう家で休んだ方が良い」

「でもまだマリが!」

「明日は君にとっても大事な日なんだ。うちのバカ娘のために君の晴れ舞台まで台無しにするわけにはかないさ。こんな時間まで付き合わせてすまなかった」


 そう言ったシュミットさんは背を向けると川を探すための道具を持った人たちを伴って川のある方角へと向かってしまった。

 その背中を追おうと思って……だけど結局できず、その場で立ちすくんでしまう。

 ……明日は君にとっても大事なんだ。

 かけられたばかりの言葉が重くのしかかる。

 マリのことは心配だ。できることなら、自分の事をすっぽかしてでも探したいくらいに。

 だけどシュミットさんの言葉を聞いた瞬間、真っ先に父さんと母さんの顔が頭に浮かんでしまった。

 自分だけのことならどうだっていい。だがこのままシュミットさんを手伝った結果、万全ではない状態で明日の成人の儀に出たら母さんはどう思うだろうか。他人の問題に解決できるわけでもないのに、中途半端に首を突っ込んで自らを疎かにする我が子を見て父さんは失望しないか。

 今まで育ててくれた父さんたちへの恩を仇で返すことようなことは何があってもやってはならない。

 家に帰る気にもなれず設営された舞台に腰を下ろしそんなことを考える。


 「どこに行っちまったんだよ」


 だからってマリのことも簡単に割り切ることができない。

 あれほど成人の儀を楽しみしていた彼女が何故、前日の夜になって姿を暗ましてしまったのかわからない。

 心当たりがあるとすれば昼間の出来事だが、今まで喧嘩してマリが家出してしまったということなんてなかった。


「あれ……なんだ?」


 顔を上げた時、ボーっと山の頂上付近で明滅する光に気が付いた。

 昼間なら例え目を凝らしても見えなかっただろう。村から1番近い山の中を小さな光がゆっくりと動いていた。

 アレは火の光……とは少し違う。しかしどこかで見た事のある灯り。

 あの灯りは何なのか。何故こんな夜に光っているんだ。どうしてあんな所にあるのだろうか。

 

「たしかあの山って……っ!」


 そうだ。思い出した。

 先刻までの暗い思考振り払い立ち上がる。頭にあるのはただ1つだけ。

 マリに会いに行こう。

 何故ならこれは他人の問題なんかではなく、紛れもないオレの問題なのだから。

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