第3話


 家が見えた頃には空はすっかり茜色に染まりきってしまい、遠くにある山の方から藍色がのぞいていた。

 外はまだチラホラと大人たちがいて明日の儀式に使う舞台の確認をしている。

 オレに気付いた昔からよく知る大人たちは「明日は寝坊すんなよ」「宣言する時は胸を張って大きな声でね」と叱咤激励の雨を浴びせてくる。……どんなけ心配されてるんだ。

 適当に「わかってるよー」と答えて家までの残り少しの距離を詰める。

 マリが走り去ったあともオレは大して何かするわけでもなく、河原で寝転がって凄し、それから気の赴くままに村を散歩して子ども最後の日を浪費した。

 別に衛兵になってもこの村で居ることには変わりないのだから、子ども頃の思い出に浸る必要もないのに……。それでも思い出の場所を巡ったのは子どもから大人になるためのオレなりのケジメなのかもしれない。


「ただいま」

「あらお帰りルスト」


 家に帰ると夕飯の支度をしている母さんと食卓に着いて新聞を読んでいる父さんが迎えてくれた。

 父さんが新聞から少し顔を上げてオレに目を向ける。


「父さん今日早いね」

「明日は息子の晴れ舞台だからね。家族3人揃って祝おうと思ったんだよ。ほら、すぐ夕飯にするから手洗っておいで」

「うん」


 物腰柔らかに答えた父さんは新聞を畳むと、母さんを手伝うべく台所に向かった。

 オレも父さんに言われた通り手を洗って手伝いをしようとしたが、食卓に戻ってきた頃には既に配膳は済んでいた。

 

「豪勢だね……」


 並べられた料理を見て椅子に座ったオレは開口一番、感嘆の声を溢した。

 普段はうちで取れた野菜を焼くなり煮詰めるなり……端的に言えば素朴な料理だったけど今日は違う。野菜のスープはいつものことながら、ふっくらとしたパンに大きな肉、滅多と食卓に並ばない果物などなど。

 見てるだけ食欲がそそられる料理が並んでいた。


「そりゃお祝いだもの。いつもみたいに野菜のスープとパンだけ、なんてケチな真似しないわよ。それに今日は父さんが狩りで大きな獲物を仕留めてきてくれたから、いいお肉も手に入ったわ」

「狩りって……父さん、身体大丈夫だった?」

「なぁに、多少ガタは来てるがイノシシだろうと魔物だろうとまだまだ負けんさ」


 父さんがグッと腕を曲げて力こぶを作ってみせる。

 父さんはオレ同世代の奴らの親と比べて歳をとっている。

 黒かった髪は白髪の方が目立つし幾重にもひかれた顔の皺で年齢以上に老けて見える。しかも身体には何十年という衛兵の仕事で負った生傷が刻まれている。普通ならもう隠居しても良いくらいだ。


「それに昔と違って今は武器も柵も丈夫で見張り台もある分衛兵の仕事も楽なものだよ」


 「さぁ冷めないうちに食べよう」と父さんに促されたのを皮切りに料理を食べ始める。

 美味しい料理に舌鼓を打ち、何でもない話で笑い合う。

 そんな平凡でありふれた生活が幸せに思えた。


「それにしても、ルストがもう成人なんてね……」

「子どもが成長するのは早いものさ」


 やがて果実酒を飲んでいた母さんたちの頬に朱がさした頃、話題は明日の成人の儀へと変わっていった。


「昔はシュミットさんのところのマリちゃんとよく遊んでいたわね」

「そうだったね。私部屋から新聞を持ち出してはこの机で英雄譚や偉業の報道で賑わっていたのを思い出すよ」


 しんみりとした雰囲気の中、2人はオレの昔話に耽る。

 当のオレとしては自分の覚えていないことまで話されるものだから恥ずかしい上に話についていけない疎外感にも襲われていた。


「そういえばルストは明日、将来何をしたいって言うつもりなんだい?」

「あぁ、オレは父さんと同じ衛兵隊に入るつもりだよ」


 昼間マリに言ったのと同じことを父さんに答えた。


「あら、私はてっきりマリちゃんと――」

「母さん」


 母さんが何か言いかけたのを父さんが止めた。

 それ以上何も言わな父さんと母さんは少しの間見つめ合うと、母さんは何かを察したのか「……そうね」と無理矢理な言葉で言い留めた。


「ルストが決めた道なんだ。周りがうるさく言うもんじゃない」

「ありがとう父さん。オレ、明日のこともあるしもう寝るよ」

「そうするといい」


 夕飯はもうとっくに食べて終わっていて、ほとんど父さんたちの晩酌状態。

 オレは「美味しかった」と2人に言って席を立つ。


「ルスト…………おやすみ」

「うん、おやすみ」


 父さんが「ご……」と言いかけていたがその先に言葉は続かず、どんな言葉だったのか予想もつかない。

 自室に戻る間際父さんと母さんが寂しそうな表情に見えたのは、きっと気のせいだ。





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