第222話 アイキャンフライ(飛べてない)
ァイキャンフラァアアアアイイイィィィィ!!
何故だか霞む私の視界の端を人の形をした何かが落ちていった気がする。
が、きっと気のせいだろう。ここは断崖絶壁。上を向いても下を向いても崖しかない。
崖の中腹に人が数人通れるだけの道がせり出ていて、その道を今、私たちは歩いている。
こんなところで人の形をした落下物に遭遇する訳がない。
紐なしバンジーをするのだって、もう少し場所を選ぶはずだ。
気のせい。気のせい。でも、念のため崖下を覗いてみようか。
人型の何かなんて落ちてきていない。確証を得るために視線をめぐらせれば、そこには鳥がいた。
硝子細工の鳥を見たことがあるだろうか。
きらきらと硝子の断面が輝いて美しく、ただの透明な硝子であっても角度によって様々な色を反射し、何時まででも見ていたいと思わせられるような美しい硝子の鳥を。
目の前にいる鳥もそうした芸術作品として出会っていれば私の心を豊かにする素晴らしい作品だとその出会いに感謝できたであろう。
ただし、その鳥が生きてさえいなければ。
生きて、いたのだ。目の前の硝子の鳥は。
羽ばたきに合わせて全身を覆う硬質な鱗が七色に変化し、黒蛋白石のような青瑪瑙のような不思議な輝きを発している。
周囲には硝子を引っ掻いたような不快な音が響き、共鳴する硝子からはぽろぽろと霜が溢れ落ちている。
中にからくりが仕込まれた硝子の人形だと、動いているだけならそう思い込んだだろう。
無機質な硝子で出来た美しい細工物だと、そう信じ込もうとした。
けれどそうした考えは鳥の目を見た瞬間に否定された。
空中に静止したまま此方を見つめる瞳は間違いなく生き物のそれであった。生きた生物しか持ち得ない意思を宿した瞳がそこにあった。
え、待って、食べられる?もしかして、これ、補食される?
頼りのバロンさんは辛うじて視認できる距離でモンスターを弄って遊んでいる。
此方に気づく様子もない。
どう見ても目の前の鳥は肉食獣である。鋭い爪も大きな体躯も鷹とか鷲を連想させ、全身で己は肉食だと主張している。
というか、目が完全に獲物を見る目なんだけれども。
まって、わたし、お肉じゃないよ。あなたの目には私が骨付き肉か何かに見えているの?
バロン、バロンさん。気づいて。こっちに戻ってきて。
私は必死に声を出さずに助けを求めたが、バロンさんはお馬さんごっこで忙しいようだ。
バロンに乗られた馬が暴れ牛のように狂乱して走り回っている。
バロンはその馬の背でロデオのようにバランスを取りながら、すれ違い様に他の馬たちへ攻撃を加えて遊んでいる。
あの様子ではこちらに気づくことはなさそうだ。
蛇に睨まれた蛙のように固まり、鷹の前の雉のように震えながら、何もできずにただ目の前の鳥を見つめる。
鳥は鳴きもせずに私を見つめている。そして、そのまま、ゆっくりと崖下へフェードアウトしていった。
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