第202話 希望はまだある
もうすぐ南門へ到着する。あとはもう本当に真っ直ぐだ。
張っていた緊張の糸が切れ、睨みつけていた地図から視線を緑へと移して目を休ませる。
運河のほとりで阿蘭陀菖蒲の蕾が風に揺られている。
緑色の葉と萼の先にほのかに青紫色に色づいた花弁が開化の時を今か今かと待っているようだ。
きっと次にこの国へ帰ってきた時には鎧兜に似た花が一面に咲いて私たちを出迎えてくれることだろう。
到着した門の前でお礼を告げてメイゴスさんと別れる。
無事に目的地へとたどり着けてほっとした様子のメイゴスさんと同じく一安心した私たちは、みなみへみなみへと無言で訴えかけてくるバロンに急かされながらも門を潜る。
門を抜けても思っていたような暑さは感じない。
前に南へ来た時には春も始まったばかりだと言うのに信じられない暑さで即刻引き返したほどだ。
夏も近い今、前回の比ではない暑さに焼かれるかと思ったが拍子抜けする。
フォースさん達に作ってもらった耐熱耐寒装備が効いているのだろうか、
いや、そうじゃない。ここが南じゃないからだ。
門から一歩を踏み出し、砂の上を歩く。波の音が聞こえる。遠くの方に砂のお城をつくって遊ぶ探索者たちの姿が見えた。
上空ではお久しぶりの鷹鷲が飛び回り、視界の端をケタケタと嗤いながら栗鼠が駆け抜けていく。
西の砂浜だー。おかしいなー?南に向かった筈なのに、西の砂浜に着いたぞー。
え?え?本当にメイゴスさんはワープ能力を持っていた?
『・・・・・・・・奴はもう、駄目かもしれん』
諦めないでよ、バロンさん。
メニューから地図を呼び出して何が起こったのか原因究明できないか己の軌跡を辿る。
南門のすぐ近くから急に西へ大きく逸れて西門へ爆走する線を見つけた。
私が意識を飛ばしていたのはそう長い時間ではなかった気がするけれど、メイゴスさんはあの短い間にこの距離を走り抜けたのだろうか。
でも、確かにメイゴスさんの船は他の船守さんよりも速かったような気もする。
景色の流れる速さとか到着までにかかる時間とか。
とりあえず、ワープはしていないなら大丈夫だ。まだ、きっと、何とかなる。
目を離すと急に方向転換して変な方向に爆走してしまうとしても、希望はまだある。
『・・・・戻るぞ。はやく南へ行かねば』
「待って。ごはん・・・」
今日も元気な私のお腹が自己主張を始めたので、近くの風車小屋でご飯を食べてからにしようよ。
そう言えば、まだ朝御飯食べてないよ。お腹すいたよ。
自覚したら余計にお腹が空いてきた。
空腹度が今までに見たことない領域に食い込んでいる。とは言ってもお腹が空きすぎて餓死しそうなほどではないが。
でも、ちょっと、お腹が空いて力がでないよ。お腹と背中がくっつきそうだ。ひもじいよー。
あー、風車小屋が遠い。全然、まったくたどり着けない。
懸命に足を動かしているのに、ちっとも近づいた気がしない。おかしいな。なんだかお肉の幻覚まで見えてきた。
お皿にのって、ほかほかの湯気を出しているお肉が美味しそうだ。
あれに見えるは肉巻き卵じゃないか。砂にもお皿にも茶色いボディが映えている。
こんがり揚がった茶色の衣が食欲を刺激する。この色!この艶!素晴らしい!なんて美味しそうな肉巻き卵なんだ。
しかも素晴らしいのは見た目だけではない。近づけばお肉の良い匂いが鼻腔をくすぐる。
うーん、ジューシー!お肉の表面に浮き出たきらきらと耀く油に吸い寄せられてお皿の前に膝をつく。
この際、幻でも良い。いっただきまーす!
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