第174話 じゃんけん
「ふべらっ」
出だしから転けた。恥ずかしい。
しかも転けた後に立ち上がろうとしても立ち上がれない。
かろうじて首だけは動かせるが両手足が地面に貼りついて固定されている。
やだ、スカート捲れてないよね!?セミロングだからそこまで酷いことにならないはず。足に伝わる感触的には大丈夫だ。
必死に見た背後では同じように倒れているリーダーさんがいた。スカートは捲れていない。
前を向けば続々と倒れ伏す仲間たち。絶望的な状況だ。
ルールなんて知ることかと大魔王に襲いかかったバロンは謎の光に阻まれて、攻撃することかなわず、ずるずると地面に落ちていった。
その態勢のまま固定されて、怒りか羞恥からか小刻みに震えている。やべぇな。
残るは盗賊二人組。さすが盗賊、速さにものを言わせて無理矢理体勢を立て直し、大魔王の音弾幕に食らいついている。
おもちゃさん、お父さん、頑張って!
と、応援している間におもちゃさんが転けた。
なんだか不思議なポーズで固まっている。上半身を捻り、右手をピースの形で掲げ、左手を握りこぶしで下げている。
見方によっては非常口を示すピクトさんにも見える。
転んだだけなのにこんな芸術的な格好になるなんて、さすがおもちゃさんだ。
「お父さん、頑張って!」
「お父さ——ん!」
最後に残ったお父さんへ皆から声援が飛ぶ。
「誰がお父さんだ!?」
え、お父さん、お父さんって呼ばれるの嫌なの?
どうしよう、ずっとお父さんって呼んでたけど変えたほうが良いかな。
「あ、ルイーゼちゃんは良いよ!お父さんでもパパでも好きに呼んでくれ!」
お父さんは、はっと此方を振り返り、そう叫んだ。
お父さんはお父さんで良いようだ。しかし、戦闘中?うん、戦闘中、に余所見をするのは危険だ。
「お父さん!後ろ後ろ!」
お父さんの背後に黒い長方形が迫っている。
「ふごっ」
黒い物体を避けきれなかったお父さんは黒いのに押し潰されて地面に倒れる。
と言うか、一見して黒色だと思ったけれど、近くで見ると何だか赤黒いような。
なんとなく忌避感を覚えさせる色であまり触れたくない。私はあれにつぶされる前に転んでよかった。
仰向けに倒れたお父さんは右手を上に左手を下に下げた状態で固まっている。
位置関係の都合上、おもちゃさんの挙げた右手とお父さんの右手がすぐ近くになっている。
おもちゃさんの右手がチョキでお父さんの右手がパーである。
「お前ら、なんでこんな時にじゃんけんしてんだ!?」
「誤解だ!」
お父さんは心外だと言わんばかりに叫ぶ。
「へへっ俺の勝ちだぜ!」
おもちゃさんは得意気だ。
じゃんけんに参加したつもりもないのに巻き込まれてしまったお父さんは御愁傷様です。後だしで負けているし。
「つーか、それ、空中でやるやつだろ!」
二人が行ったダイナミックじゃんけんは本来、空中で行うものらしい。
しかし、二人は大魔王に敗れ、地面に貼り付けられている。
負け犬は地べたにでも這いつくばっていろという大魔王の意思だろうか。
空中じゃんけんに挑戦した二人も失敗し、立っている者がいなくなった。
地面に倒れ付した我々は大魔王にとどめをさされるのをただ待つことしかできない。
そう思われたが、予想に反して状況に変化はなく、白黒の図形が並ぶ巻物は大魔王の背後に浮いたままだし、次の記号が私たちに向かって迫ってきているのも変わらない。
まさか、大魔王の演奏が終わるまで、ずっとこのまま無様に地面へ貼り付けられるのだろうか。
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