第84話 不定形の粘性生物
「しっかし、アイテムポーチにゃ、こんなでっかいもんも入るたぁ、便利だなぁ!」
「入れたことはないので本当に入るか分かりませんが、たぶん・・・・・」
入るよね?アイテムポーチには容量制限はあっても、重量制限はない。さらに霜蛇のポーチには容量制限すら存在しないのだから、きっと入るはず。
「あの、試してみても良いですか?」
でも、念のため、買う前に収容可能か確認しておきたい。おじさんにお伺いを立ててみたら、快諾してもらえた。
「おう!入れてみてくれ!」
気のせいか好奇心に満ち溢れた瞳に見つめられながらも樽へと近づく。
人一人くらい簡単に入りそうな樽を持ち上げてポーチに収納しようと伸ばした手が途中でとまる。
数瞬前に樽を転がしていたおじさんの様子から目前の樽はそれなりの重量をほこると思われる。
そんな樽を女の細腕で持ち上げることなどできるだろうか。考える必要もなく答えは否である。
持ち上がるわけがない。試しに押してみた樽は数ミクロンも動いた様子もなく微動だにせず、ふてぶてしくもその場に居座っている。
これはポーチの方を樽に近づけて収容するしかないだろう。ポーチの口の近くに樽がくれば中に入れることもできるはずだ。
霜蛇のポーチの口を開いたまま、樽に近づく、いや、抱き着く?お腹でタックルする?
とにかく、ポーチの口が樽と接触するような体制を取る。
木製の樽はポーチの口と接触した途端にぐにゃりと輪郭を崩し、ポーチの中へ吸い込まれていった。
「おお!本当に入った!?・・・・・入れる様子はちぃと不格好だが、機能はすごいな!」
おじさんは手品を見た子供のように感心して褒めてくれる。入れる様子が格好悪いのは樽が持ち上がらないのがいけないと思います。
それにしても、今まで気にしたことがなかったが、ポーチの生態、違う、性能も謎である。
入口よりも大きなものでも収納可能だし、入れる際の見た目が若干奇抜というか、ちょっと気持ち悪いのも何故だか分からない。
今回大きいものを納めたことで気持ち悪さが明確になってしまった。
輪郭を失った樽が不定形の粘性生物のような触手によってポーチの中に引きずり込まれていくというか、飲み込まれていくというか、
とにかく樽の色も合わさって凄く不快な気分になる外観を呈していた。
冒険者ギルドの例のアレと言い、運営はもう少し見た目を意識したエフェクトを使ってほしい。私の心臓のためにも。
「醸ジュース1樽の値段は樽の費用込みだとこんくらいだな」
おじさんの提示する料金は、1樽の容量が大体容器六百杯分らしいので、樽込みだとしても個別に買うよりは安いように感じられる。
「とりあえず、1樽ください。・・・あの、また買いに来てもいいですか?」
バロンご所望の葡萄酒の捜索に時間がかかった時には、また醸ジュースが欲しくなるかもしれない。
今は1樽あれば十分なように思うが後々欲しくなった時に、また買いに来ても良いかおじさんに尋ねる。
「おう!いいぞ!俺はここの店主をしているヴィタリーだ。買いたいときには、朝方ならこっちにいると思うから、直接こっちに買いに来い」
「探索者のルイーゼです。その時はこちらにお邪魔します」
「まいどご贔屓によろしくな!」
醸ジュース売りのおじさん、あらため、飲食店店主ヴィタリーさんは人好きのしそうな笑顔でにっと笑い、私の頭、ではなくアイギスを撫でる。
気のせいかな、子ども扱いされている気がする。でも、ヴィタリーさんからは悪気が一切感じられず、嫌な気はしない。
ちょっと迷惑そうに首を振るアイギスはごめんね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます