第83話 100人斬りの男
飲食店と言っていたおじさんの言葉通り、食べ物の提供も行っているようで、おそらく漬物と思われるキュウリやトマト、
キャベツなどの野菜が花のようにお皿を彩る料理や水餃子によく似た形の白い皮でおそらくお肉を包んだものが積み上げられ、
上にパセリが添えられた料理などが机の上に並べられている。
飲み物も醸ジュースだけではないようで、アルコールを摂取したと思われる若い男性が顔を真っ赤にしてお店の中央で千鳥足を披露しながら武勇伝を語っている。
なんでも、お兄さんは100人斬りの男なのだそうだ。花屋の娘さんに鍛冶工房の華、居酒屋の看板娘に商業ギルドの受付嬢、
貴族の屋敷に使える下女や女中、冒険者ギルドのお姉さんたちにまで声をかけ、連続100人、見事全員に玉砕したそうだ。
どれだけ無残に己の恋心が散っていったかを涙ながらに熱く語るお兄さんには同情せざるを得ない。
あのお兄さん、酔いがさめた時、どれだけ絶望するんだろうか。明日、何も覚えていないと良いね。
それにしても、この国に貴族とか存在していたんだな。貴族がいるということは王様もいるのだろうか。
いや、もしかしたら貴族による共和制を取り入れている国かもしれないので、王様はいないかもしれない。今度クロウさんに会ったら聞いてみようかな。
「嬢ちゃん!こっちだ、こっち!」
一人黒歴史暴露大会を開催中のお兄さんを眺めていたら、おじさんとの距離が開いてしまっていたようだ。
手招きされるままおじさんの傍にほこりなどを立てないよう静かに駆け寄る。
その間にもおじさんは周囲のお客さんに囃し立てるように声をかけられている。
「――そんなんじゃねぇよ!っとと、来たか、嬢ちゃん。こっから裏に入りな」
カウンターの奥、こぢんまりとした扉を促されてくぐる。
お店の奥は表とは異なり小さな明り取りの窓が高いところに取り付けられているだけで、薄ぼんやりとした暗闇に満ちていた。
暗順応によりうっすらと室内のものが輪郭を取り戻していくと部屋の四方に積まれた袋や樽の存在を認識できた。
おじさんは縦の状態で並べられた樽の一つに近づくと隣に置かれていた台車を固定する。
「運ぶのも大変だろうからな、この台車は目的地まで貸してやるよ」
運ぶのが大変ってどういう意味だろうかと考え込んでいる内におじさんは樽に手をかけ転がしながら台車との距離を調整しだした。
「あ、アイテムポーチがあるのでそのままで大丈夫です!」
先程の言葉は樽の持ち運びが台車を使わないと難しいだろうって意味の言葉だったのか。
持ちものはアイテムポーチに入れるのが普通になっているので、腕力を使って運ぶ発想がなかった。
台車で運ぶことが前提ということは、アイテムポーチに樽は入らない?その場合は樽ではなく容器に分けて買う必要が出てくるな。
使えそうな容器はミルクティーが入っていた水筒が少々あるのみだ。容器を買いに行くべきだろうか。
「アイテムポーチ?ああ、探索者が持ってるっつう便利な鞄か・・・」
私の言葉に、おじさんは一瞬虚を突かれたような顔をし、次いで何かを思いついた様子で納得する。
おじさんの言い方からして、もしや、アイテムポーチは探索者しか持たない道具なのだろうか。
探索者全員に一律で支給されるうえに、冒険者ギルドでもその使用に特に何も言われなかったので一般に普及した道具だと思っていた。
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