第64話 「ただいま!」
「え、え、返……」
「持ってけ!持ってけ!」
なんとか返そうとしたが、今度はフォース弟さんからも言われてしまった。
「こんな芸術品、受け取れません」
手慰みだとしても、美術館にでも飾っていそうな作品だ。受け取れるわけがない。
「ムレアの素材を持ってくるときにも必要だろう」
しかし、フォースさんは返却に応じるつもりがない様子だ。
たしかに素材を手に入れて工房へ訪れる際に明かりがないと階段を降りられないが。
「それは洋灯を買えば……」
「いちいち買うのも面倒だ。それで代用しろ」
いや、これが代替品なのではなく、洋灯が代替品なのだ。こんなお洒落な洋灯は今日まわった屋内市場にも置いてなかった。
「代金を……」
「いらん」
せめて代金を支払おうとしたが断られてしまった。
装備の分の支払いはすでに済ませてしまっている。そこに上乗せして払うという手法は使えない。
「手慰み品で金をとれるか。だいたい、それがなくてどうやってこっから帰るんだ」
「あ」
手持ちに洋灯はあっただろうか。なかった気がする。
夜のフィールドには行かないし、夕方くらいなら夜目のきく猫には支障がない。
洋灯を必要とする場面がなかったために準備を怠っていた。
こういう時のためにも洋灯は買っておくべきだったのだ。
漁った荷物の中に湿原狼の炎というアイテムを発見する。
これを洋灯の代わりにすれば帰れるかも。いや、火打石じゃ代わりにはならないか。
火種があっても、それを灯す台がない。
結局、断り切れずに木彫りの手形をいただいてしまった。
何度見ても芸術的な作品である。次にフォースさんたちの工房へ訪れる時まで大切にしまっておこう。
そして、その際にはフォースさんたちへお礼のお土産を持っていかなければ。
調査によると、フォースさんたちは美しいものが好きなのだそうだ。
自分たちが鍛冶をする際に、インスピレーションを与えるような目を喜ばせるようなものが好きだと本人に聞いてきた。
これからの冒険ではムレアの素材を探しながら、綺麗なものも探すようにしたい。
でも今は始まりの広場へ帰ろう。
綾錦の広場の中心で豊かな水をたたえる噴水の前に立つ。
そうすれば、転移に関する知らせが現れる。
迷わず、はいを選択して、「極々極めて稀に強力なモンスターに出会うことがあります。本当に移動しますか?」という確認に一瞬動きを止める。
相変わらず、恐ろしい文章である。極々極めて稀にというのはどのくらいの確立なのか。
うるさく鳴り響く鼓動をなだめながらも、はいを押す。
途端に視界は蒼で満たされて、水底で揺蕩う水草になったような感覚にとらわれる。
揺れる視界に目を瞑り、次に目を開ければ懐かしの花の広場だ。
ここを離れたのはほんの数日前なのに、随分と久しぶりのように感じる。
赤と緑の強烈な対比に感動を覚えながらも久々の光景を目に焼き付ける。
「ルイーゼさん?」
懐かしい声に振り向けば黄色の法衣を風になびかせたクロウさんがいた。
突然広場に現れた私に少し驚いたように目を見張り、次いで、いつもの微笑みを浮かべる。
「おかえりなさい」
その声を聞いて、帰ってきたという実感がわき、知らずに張っていた緊張がとけた。
胸を満たした安堵とともに、その黄衣の主へと駆け寄る。
「ただいま!」
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