第62話 貞子NG


しこりのように胸の内につかえるものを感じながらも、これ以上は考えないことにする。


ゲームのあれそれなんて現実と照らし合わせて考えるだけ無駄だろう。


ポーチの中身へと意識を戻し、フォース兄さんに預けられた手形を発見する。


忘れずに返さなければとポーチから取り出す。



「わっ」


取り出した手形の彫り込まれた木の枝が動き、蕾が開くようにゆっくりと膨らんでいく。


鳥かごのごとく形成された隙間からは暖かな色合いの光があふれ出てきた。


鳥かごの中、光の砂が海面のように波打つ中心で一隻の船が浮かんでいる。


船の上にはまあるい光の塊が乗っており、揺れる水面に反して光の玉は常にスノードームのような木彫りの中心にあるようだった。


木彫りの手形の向きを彼方此方にひっくり返して調べると、中に浮かぶ船がある一定の方向を向くことが分かった。


方位磁石の一種なのだろうか。灯りの代わりにもなる。



船の誘うままに地下へと続く階段を降りることにする。


待ってみても音沙汰がないことだし、手形を洋灯ランプ代わりに、地下にいるだろうフォースさんたちのもとへこちらから向かうとしよう。


なんとなく、元からそのつもりでこの手形を渡された気もする。灯りをやるから自分たちで降りてこい、みたいな。



飲み込まれそうなほど深い闇、猫の目で緩和されるとはいえ闇への恐怖は拭い去れない。


片手に手形を掲げ、片手を壁につけ、足元から視線をそらすことなく階段を降りていく。


視界の隅で何かが動く幻覚や、ささやき声の幻聴を感じた気がする。


先を行くバロンの尻尾に集中することで暗闇を恐れる心を落ち着かせるように努める。


今は射影機も携帯も持っていないし、ましてやテレビなんて近くにあるわけがないから大丈夫だ。


あの魅惑の尻尾にだけ集中するのだ。自分。



いろんな意味で動悸を感じながら降った階段の先に、踊る焔の陽炎が見える。鮮やかな橙色が色を変え、姿を変え、闇を追い立てている。



「来たか、ルイっ子」


私が来ることが分かっていたかのように作業台の隣に佇むフォースさんたちに話しかけられた。


台の上には灰色のローブらしきものが置かれている。見た目はそこまで変わっていないようだ。



「こんにちは。注文の品を取りに来ました」


「ああ、できているぞ」


そう言って、ローブを手に取り渡される。



「着てみろ!着てみろ!」


話し方から判断して、フォース弟さんに促され、ローブの袖に腕を通す。


羽織る時に見えたが、灰色のローブの内側が以前は同じ灰色だったのに対して、強化後は黒色に変更されていた。


内側に薄く素材を貼ってあるのだろうか。裾をめくって詳しく見てみると、以前はレースだった部分が黒い毛皮に変わっている。


レースは取り外されたわけではなく、毛皮と布の間を飾る装飾としてリメイクされたようだ。



「効果は、耐熱耐寒。少しなら火や氷の攻撃を軽減できる。ついでに、環境的な暑さと寒さを緩和する効果もつけといた」


「おおっ!」


燃え盛る炎を有した炉の傍にいても前の時ほど熱くないのは装備の効果だったのか。


この効果は嬉しい。南の探索において、最大の敵であろう暑さへの対策がこの装備でとれる。


可能ならば、もふもふ二匹にも耐熱装備が欲しい。二匹とも素晴らしいもふもふなため、暑さには弱そうだから。



「これ、アイギスたちにも!」


「ウサギっ子の装備にもついとる。・・・もう一匹は・・・・・・」


視線の先でバロンの尻尾が勢いよく、床に叩きつけられた。


真っ黒な埃が宙を舞い、きらきらと光る。ゆ、床が割れなくてよかった。


あ、でも、尻尾。尻尾が黒くなってしまう。うん、でも、元が黒いから遠目ではわからないな。


「・・・あれに装飾品を着けさせるのは無理だろう。フードの中に入れば、少しは恩恵も得られる。それで我慢しな」


「すいません。ありがとうございます」



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