第51話 不審者というよりヒヨコ


従魔用の椅子も完備しているレストランからして、従魔用の装備も置いていそうだから武器防具屋さんとか鍛冶屋さんにも行きたい。


でも、場所が分からない。困って広場を見渡せばギックリオお爺さんがいた。なにやら大きな建物の前にいる。めずらしく赤くない建物だ。



「・・・・・・」


「・・・・・・・・・・」


「・・・・・人の背後でなにしとる」


「ハッ!しまった!ついうっかり…」


知らない人に話しかけるのは緊張するので、唯一知っているギックリオお爺さんに引き寄せられてしまった。



「うっかり、なんだ?お前さん、人の背後を取る癖でもあるんか?」


「ご、ごめんなさい。知らない人に話しかけるのは怖くて・・・・」


お爺さんに近寄ったは良いものの、なんと声をかけたら良いのか思い浮かばず、無言で後ろをついてまわるという不審行為をしてしまった。


このままでは通報されてしまう。



「はぁ、今度は何を探しとる…」


「…鍛冶屋さんです」


「…案内してやるわい、ついて来な」


「ありがとうございます!」


許された。それに鍛冶屋さんまで案内してくれるという。ギックリオお爺さんの半分はやさしさで出来ているに違いない。



広場を抜けて大通りを歩く。前を歩くギックリオお爺さんは無言だ。


バロンも近くに人がいるとむっつりと口をつぐむ。アイギスは元々あまり声を出さないし、言葉は話せない。


つまり、この場には沈黙の神が降りてきている。しかも神様は通り過ぎる様子もなく居座り続けてしまっている。


気まずい。何か話題はないものか。



「そ、そういえば、レストラン!美味しかったです。教えていただいてありがとうございました」


ひねり出したのは先程のレストランの話題だ。お爺さんに教えてもらったレストランは味もサービスも一流だった。



「ふんっ。当たり前だ。…あれこそわが祖国の味、あそこはこの国の昔ながらの伝統を守る老舗だ。美味いに決まっとる」


ギックリオお爺さんはお爺さん検定初級の私でもわかるくらい白地あからさまに嬉しそう。


そういえば初めの時も広場のことを褒めた途端に態度が和らいだな。


この国のこと大好きかよ、かわ…あ、いや、だから、この先は危険なんだってば。撤退、撤退。



やがてギックリオお爺さんは一軒の赤レンガ倉庫のような建物の前で足を止めた。


そう大きくはない建物で横に設置された棚に薪が綺麗に積まれている。



「ここじゃ」


そう言ってお爺さんは建物の中に入っていく。


私も慌てて後を追った。ちらりと確認した看板には交差した金槌と炉の印、すぐ下には「フォンセコンパニア」の文字が刻まれていた。


雅やかな名前の鍛冶屋さんだな。



「おい、フォース!フォースども!客だぞ!!」


建物の中は暗く、机の上の行灯がもらす橙色の光だけがぽつりと室内を照らしている。人の姿は見えない。留守なのだろうか。



「・・・下か」


お爺さんは壁の燭台から松明を取り、行灯から火を移す。その松明を持って建物の奥へと進んでいく。


暗闇に紛れて知覚できなかったが、奥には階段があった。


地下へと続く真っ暗な階段が別世界へと誘うかのように大口を開けている。


これ、自分ひとりだったら絶対に入らないな。そもそも、入って姿が見えなかった時点で諦めて帰っていた気もする。



お爺さんの手に持つ松明の明かりだけを頼りに階段を降る。


足を踏み外しそうで怖いので、両手を壁に添えた怪しげなスタイルで降りていく。


バロンは腕から抜け出し、自分の足で階段を進んでいる。


迷いのない軽快な足取りだ。猫だもの夜目も聞くよね。あれ?でも、私も猫だぞ。


猫獣人だけど、猫には違いない。



あらためて周囲に視線を巡らせれば、意外と見えている。


前を行くギックリオお爺さんの背中も普通に見えているな。反射的に暗い、怖いと思っただけで、実際にはそこまで暗く感じない。猫の目ってすごい。



冷静に観察すると、階段の下の方に明かりが見える。


炎のように揺らめく明かりが形を変えながらも暗夜の灯のように鎮座している。



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