猫や真秀場の夢を見むーチュートリアルの負けイベントでラスボスがテイムできてしまった件

丸い猫

チュートリアル

第1話 開幕の邂逅

闇。


闇。闇。闇。混沌の闇が空間を埋め尽くす。



漆黒よりも、なお深い混沌は渦を巻き蠢いている。


その脈動する暗闇のなかで金色の瞳だけが爛々と輝き、眼前を飛ぶ蝶を眺めるように、目の前の玩具のなぶりがいを見定めるように瞳孔を鋭く尖らせている。



視線にさらされた身体が勝手に震えだし、寒さに抱き締めた身体はその震えを止めるすべなどないと雄弁に語っていた。


息の仕方がわからない。呼吸が苦しい。脳に酸素がいかないのか、思考が上手くまとまらない。



格が違う、次元が異なる、矮小な人間ごときがどうにかできる存在ではないと、五感すべてが訴えかけてくる。



VRMMO『イディオートの夢』、そのチュートリアルにて、チュートリアルと言うにはあまりにも凶悪な存在が此方を見下ろしていた。





―「負けイベント」だ。



四散する思考の中で悟る。負けイベント、ゲームなどにおいてシナリオ展開上必ず負けることが確定しているイベントを示す。


どう足掻いても勝てない、どんなに知恵を巡らせ工夫を凝らしても負ける運命にある、どうしようもない絶望をもたらす戦闘。それが目の前に存在していた。



どうせ負けるのならば・・・やけくそな思考が頭を過るも、なけなしの理性が警告を鳴らす。


数分前には新しいゲームに心弾ませてこれから操作するキャラクターを作っていた私が、こんなところで死を覚悟することになるなんて誰が予想できようか。



そもそも、この『イディオートの夢』は事前情報の少ないゲームである。


ベータ版の一般公開がなく、ベータ版の情報も出回っていない。


公開されているゲームの情報は一本のプロモーションビデオのみで、しかも、それに映っているのはほぼ闇。


真っ黒の画面の中でかろうじて何かがいるような気がすると眺めていたら、画面が切り替わって何かが目を開ける映像が流れる。



意味が分からない。こんな映像で心惹かれる人間がいるのか。そう思ったのに、なぜか私はこのゲームを始めてしまった。


同じように思っている人はいっぱいいると思う。このゲーム、予約の段階でかなりの人気だったらしいから。



怪物を前に、走馬灯のようにゲームを始めた経緯を思い出していたが、今はそんなことをしている場合ではない。


私のわずかに残った理性が後退を命じている。しかし、身体は命令に反して勝手におぞましい何かに向けて進んでいく。



“それ”に近づくなと私のすべてが訴えかけているのに身体だけが言うことを聞かない。


嫌だ、やめて、死にたくない、“それ”に近づいては駄目だ。


本能が逃げろと伝達し続けているのに、身体はどんどんと前進し、“それ”との距離がなくなっていく。


止まって、止まってよ、止まれ、心に相反した身体が“それ”に引き寄せられていく。




そして――




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