第305話 栖川村祟り事件9
「砂橋さん、ちょっとこっちに来てくれる?」
「はーい」
桐の箱の中に入っていた市松人形にほこりがついていないかどうかを確認していると栖川さんに呼ばれた。
わざわざ顔見知りの杏里さんではなく、僕を呼ぶ理由はなんだろうか。墓参りでの会話でもしかしたら話し相手として目をつけられたのかもしれない。
栖川さんは襖から顔を覗かせて僕を手招いていたが、どうやら、僕を連れてきたかったのはダイニングらしい。
先ほどまで白玉あんみつを食べていたテーブルの上に割り箸となすときゅうりが置いてある。
もう何をするか分かった。
「これは知ってる?」
「名前は忘れましたけど、お盆に飾るやつですよね?足を刺して……これに乗って、霊が来たり帰ったりするんでしたっけ」
「そうよ。これは精霊馬と言うの。砂橋さんはなすの方をよろしくね」
ずいぶんと綺麗な紫色のなすだ。表面がとてもみずみずしい。
「これは向かいの細山さんの畑でとれたなすときゅうりなのよ」
なるほど、スーパーなどで買ったにしては鮮度がいいと思ったら、目の前で作っていた野菜だったか。それも当たり前か。
車を走らせても近くのスーパーが遠いこの村では基本自給自足なのだろう。
「上手く刺せるか知りませんけど」
栖川さんに向かって「やりたくない」「やったことない」と言う方が面倒になりそうだ。それは墓参りでの会話からよく分かっている。
「そういえば、物置小屋から巻物は見つかったかしら?」
「巻物?」
そのようなものは縁側のビニールシートの上にはなかったと思うが、栖川さんがあると言っているのなら、きっとまだ物置小屋の中にあるのだろう。
「この土地の鬼の話が描かれた巻物が物置小屋にしまってあるのよ。代々伝わるものらしいけど……」
代々伝わる物なら重要な物ではないのか。何故、家ではなく物置小屋に保管しているんだと言いたくなる。
しかし、鬼に関する巻物など、現代社会では不要。当然、物置小屋の隅で眠ることになったのだろう。
「この村に鬼の伝説なんてあったんですね」
どうせ、夜中に出歩くと鬼に食われるとか、山に入ると鬼に食われるというものだろう。
昔の伝承などには、その伝承を流布した理由というものがある。例えば、夜中に爪を切ると親の死に目に会えないという話もいろんな説があるが、夜中に爪を切るつもりが指を切って、ばい菌が傷口から入り、死んでしまう。夜中に爪を切るということは灯りが必要となり、油などをそんなことのために使って、金を浪費しているといざ親の死に目の時に金が足りずに駆けつけることができない。
色々な説はあるが、全てが全て、超常現象のような理由とはかけ離れた現実的なものである。
それならば、この村の鬼の伝説なども何か裏があるに違いない。
「この村では死人が出ると鬼に死体をあげるのよ」
「……鬼に死体?」
鬼と聞けば、人間に害をなすものだというイメージになる。だからこそ、食われるから夜中に出歩くなと言うことができるのだ。ただし、死体をあげるとなると、どうなる。いったい、誰に向かって何を警告しているのか。
「むかしむかし、鬼がやってきたのを栖川村の人間は拒絶した。そして、それを鬼は怒り、村全体に呪いをかけた」
栖川さんは僕が真剣な表情でなすに割り箸を突き刺しているのを僕の横で見ると、いきなり昔話をし始めた。話の流れからして、この村の鬼の伝説だろう。
「村人たちは呪いによって苦しんだ。鬼にどうしたら呪いを解いてくれるのかと問いかけると、俺はこれから村でできる死体を全て自分に与えてくれれば許すと言った」
死体を欲しがる鬼というのも珍しいものだ。
鬼と言えば、人を食うことで有名なはずで、わざわざ生きている村人がいるのに、それを欲するのではなく、死体をもらおうと約束を取り付けるなんて。
「……死体」
僕はあることを思い出した。
「じゃあ、栖川さんが墓には旦那さんしか入っていないと言ったのは……」
栖川さんはにこりと微笑んで、僕の手元にできたなすの精霊馬を見た。
「綺麗にできたわね」
栖川さんの旦那さん以外、あの墓に入っていないと言うのなら、他の先祖の面々の死体はどうしたのだ。
まさか、全部、鬼に渡したとは言わないだろう。
栖川さんの手元には僕のように曲がった立ち方をしているわけでもなく、まっすぐ立っているきゅうりの精霊馬が立っていた。
「昔の詳しい話は私には分からないわ」
逃げ道の作り方がずるい。そのようなことを言えるのであれば、僕はこれ以上彼女を問い詰めることができなくなる。
「まぁ、昔のことですからね」
ため息を吐いて、そう答えた僕の横で、栖川さんは不格好ななずの馬と、きちんと立っているきゅうりの馬をお盆にのせた。
「砂橋さんの住んでいた場所にはこんな話はなかったのかしら」
「どうでしょう?都市伝説とかならあったと思いますけど、そういう話の言い伝えはなさそうです」
「そうなのね」
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