第299話 栖川村祟り事件3


「あんたらが栖川さんの息子が言っていたお手伝いの人かいね?」


 駐車場がないな、と誰も通りそうにない路肩に車を寄せて、周りに人はいないかと探していたところ、道路に一番近い家からゆっくりと人が出てきた。曲がった腰の後ろに片手を置きながら、歩いてくる。


「ええ、栖川ウメさんの手伝いをしに来たのですが……」

「ああ、ああ、聞いとるよ。車ならうちの横の庭に停めて行きな~」


 自分の家の横の庭を貸してくれたおばあさんは山住(やまずみ)花(はな)と言うらしく、俺たちに駐車場を貸してくれるのは今回の依頼人の母親である栖川ウメさんのお手伝いさんだから、という理由らしい。


 この村の名前が栖川村で、なおかつ、依頼人の母親が栖川という苗字を名乗っていることから、この村では一目置かれている人間かもしれない。


「それで、栖川ウメさんのお宅はどちらに……」


 砂橋が助手席から降りて、山住さんにお礼を言うとぽつぽつと同じような家が並ぶ村を見回して、そう尋ねた。


「ああ、それならわしが案内するからね。ついてきなさい」


 曲がった腰に手を当てたまま、ゆっくりと歩く山住さんに俺と砂橋は目を見合わせた。


「あ、山住さん!そちらの人が栖川さんのお客さんですか?案内なら私がしますよ!」


 唐突に山住さんが向かおうとしている方向から若い女性の声が聞こえてきた。そちらへと視線を向けると、女性は白と赤の巫女装束を着ており、長い髪は後頭部の高い位置で一つにまとめていた。手には竹箒を持っている。


「杏里ちゃんかぁ」

「山住さんは家のことやっとって。案内なら私がするから。栖川さんのお手伝いには私も行くって言ってあるからね」

「それなら、案内は杏里ちゃんに任せようかねぇ」


 山住さんと杏里と呼ばれた巫女装束の女性の間で話がまとまり、山住さんはよたよたと歩きながら、自分の家へと戻った。


「杏里さん?」

「はい。私は、小桧山(こひやま)杏里(あんり)です」

「巫女さんなの?」


 砂橋の素朴な疑問に、杏里は顔を落として、自分の服を見てから、こちらを見た。


「珍しいですか?」

「いや、こんな村でいきなり巫女装束の人に出会うなんてびっくりしてさ」

「私の家が神社なんですよ。ほら、あそこの少し大きな建物です」


 杏里が指さした方向を見て、俺と砂橋は首を傾げた。


「どっち?」


 砂橋の質問は当たり前のもので、少し大きな建物、と言われて、候補に入るような神社の造りと似た建物が二つ存在していた。


 杏里の後をついて、歩いているとその疑問はさらに高まる。


 村を一刀両断するように勢いの強い川が流れており、神社の造りと似た建物がこちらの岸と向こう岸に一つずつ建っていた。


「私の家はこっち側。つまり村の西側の神社です。あっちは東の神社。私の家とは別の家の人がいますよ」


 こんな小さな村に神社が二つもあるとは意外だ。


 こんな場所に二つも神社が密集しているのなら、賽銭はなかなか集まらないだろうと無粋なことを考えてしまう。


「杏里さん、これから一緒に栖川さんのお手伝いに行くのなら、着替えてきたら?」

「あ、そうですね!五分で着替えてきます!」

「えっ、いや、五分じゃなくても……」


 砂橋の言葉を一切聞かずに杏里は神社の裏手にある二階建ての家の中へと駆けこんで行った。


「この村にまさか、僕たちと同じくらいの年齢の人がいるとは思わなかったよ」


 俺もそれは思った。


 山住さんが案内をしようと言った時、他に案内ができそうな人間はこの村にいないのか、それともみんな山住さんと同じように腰の曲がった人間なのかと考えたが、それは杞憂だったようだ。


 巫女装束には驚いたが。


「お待たせしました。栖川さんの家は東側にあります。行きましょう」


 驚いたことに村の東と西とをつなぐ橋は、木造だった。揺れはするが、もろいわけではないらしく、足で踏みしめても足元から異様な音が聞こえてくることはなかった。


 砂橋が俺の前を歩きながら、右、左、と川を見てから杏里へと声をかけた。


「杏里さん、この村の左に行く方法ってこの橋しかないの?」

「ええ、川の勢いが強いし、村の中にはこの橋しかないからね」

「車、通れないでしょ?」


 砂橋の言う事は最もだ。


 この話はせいぜい成人男性が横に三人並ぶほどの幅しかない。車など通れないだろう。いや、車の場合、木でできた橋を通ることはできないだろうが。


「そうなのよね。だから、東の人に用事がある人が来た時は、西の人の土地を貸してあげるのよ」


 それで俺たちが東に住んでいる栖川ウメの客として、西に住んでいる山住さんに車を駐車する場所を貸してもらえたのか。


「不便はないの?」

「荷物は台車で運ぶからね。不便と言われたら不便かもしれないけど、もう慣れたから気にしてないよ」


 杏里は俺や砂橋とほぼ同じ年齢だろう。しかし、この田舎での生活を嫌と思っているようには見えない。砂橋だったらこのような場所での生活は一ヶ月ももたないに決まってる。


「お盆なのに、巫女さんは忙しくないの?」

「こんな小さな村だからね。それに栖川村の神社のお盆での役割は夜中の九時からが本番だから、今の時間は暇なの」


 夜中の九時から。


 夏祭りをするとしてもそのような遅い時間は行わないだろう。ましてや、子供がいなさそうなこの村では夏祭りをするのかも怪しい。九時から花火でも打ち上げるのだろうか。


 俺はふと、自分の左手首を見た。


 現在時刻は午後一時。車の中で軽い朝食をしようと途中でパンを食べていて正解だった。


「九時から?何があるの?」

「お焚き上げよ」

「お焚き上げ?」


 砂橋は首を傾げた。


 聞いたことはあるが、お焚き上げというものは故人の遺品や思い出の品などを寺や神社で燃やす儀式のことだろう。確かに、一ヶ月半前に依頼人の父親はこの村で死んだらしいが、そのお焚き上げだろうか。

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