第47話 アイドル危機一髪20
「もう限界だ」
モーニングの時間に喫茶店に入り、コーンスープとベーコンとトーストを頼み、ついてきたサラダを口に運んでいる時、向かいに座る弾正はそう言った。
「二日間連続で徹夜でさすがに堪える」
確かにずっと僕の足として車を運転させたり、夜は桃実のアパートの周りの張り込みと監視カメラの映像の確認をしてもらっていた。最初は張り込みするにも場所がないかな、と危惧していたが桃実のいるアパートの大家に頼んでみるとアパートの隣の駐車場に空きがあり、それを貸してもらえることになったのだ。もちろん、駐車場の使用料金は支払ったが。
「まぁ、そうだね。事務所帰ったら仮眠していいよ」
探偵事務所はほとんど来客がない。桃実の依頼に僕らが専念できるのも依頼者が極端に少ないからだ。その分、一つの依頼に付きっ切りになれる。クオリティが高いため、その分、うちの料金は高くなる。実は桃実に最初提示した見積もりよりもお金がかかりそうなのだが、その上乗せ分のお金は桃実には内緒で古畑社長が払うと言っていた。放っておいてくれと言われても心配になるのは親心だろうか。血も繋がっていないのに殊勝なことだ。まぁ、血の繋がっている親がいい親とも限らないが。
「助かる……」
寝不足でも腹は減るらしく、弾正はアイスコーヒーを飲んだ後、僕と同じモーニングセットのベーコンを口に入れた。
「弾正は明日まで大丈夫なんだよね?」
「四日間って言いだしたのはお前だけどな」
弾正はため息をつきながら、片手で持ち上げたトーストにかじりついた。
「だって、余裕を持って日にち教えてくれるじゃん。本当にダメならダメだって食い下がるでしょ」
「……」
弾正も僕に使われることを分かっているのなら、締め切りが近いから無理だ、と嘘でもつけばいいのに。バカだなぁ。
「……今、失礼なこと考えてるだろ」
「え、どうして?」
「そういう顔をしてる」
弾正はまたため息をついた。
僕が何を思ってようが、どうせ彼は怒ることができないのだから、本当にちょろいものだ。
「そんなことないよ。僕が失礼なこと考えるわけないじゃん」
我ながら大嘘である。弾正ももちろん嘘だということが分かっているので何も言わずに三口でトーストを平らげた。
そういえばと、トーストを片手で食べながら僕はテーブルの上に置いてあるスマホをもう片方の手に取り寄せた。
「食べてからにしろ」
「んー」
トーストをくわえながら、生返事をする。
依頼者とは連絡先を交換して、その都度細かい指示をしたり、報告をしてもらったりしている。今朝は桃実の今日のスケジュールが送られてきた。それを眺めてトーストを二口食べて、メールの返信を打ち始める。
「桃実からか?」
「ん」
「食べ終わってから返事をしろ」
僕は口の中にあったトーストの欠片を飲み込んだ。
「弾正、口うるさい」
「……」
弾正は分かりやすく眉をひそめた。お前は僕のお母さんか、と言わないだけ褒めてほしい。
今日はダンスレッスンがあるため、昨日財布盗難事件のあったロッカーをまた使うらしい。財布の盗難がある以前から見知らぬゴミがロッカー内に入っていたことがあるみたいだから、セキュリティの緩さは昨日今日では直らないだろう。
僕は桃実への指示をささっと打つとすぐにメールを送信した。残ったトーストを口の中でゆっくりと食べて、目の前で少し瞼を重そうにしている弾正の足に軽く蹴りを入れた。
「いって」
「起きて。事務所行くよ」
弾正のことを苦手としている笹川は今日もフルーツフィールドのメンバーと一緒にいるから弾正も気にせず眠ることができるだろう。最後に三口ほど残ったコーンスープを喉に流し込んで僕は席を立った。モーニング代くらいは奢ってあげよう。
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