第34話 アイドル危機一髪7
数時間後。
俺と砂橋は、ライブ会場から少し離れたファミレスへと来ていた。イタリアン中心のメニューだが、財布にとても優しく、砂橋はメインメニューに付け加え、ドリンクバーと食後のデザートまで頼んでいた。
「ライブって数時間立ってるだけだけど、なんだか疲れるね」
「そうだな」
俺はエビのグラタンを目の前に置かれたが、すぐには手を出さずに少し冷めるまで待つことにした。
「依頼人が誰なのかは分かった。しかし、なんでライブに行く必要があった?」
「どんな感じのファンがいるのかなぁって。あと、アイドルって言われてもどんなのかいまいち想像できてなかったから、見学かな」
依頼人がアイドルならばライブのチケットなど買わずとも頼めばチケットくらいできただろうに。
「依頼人にはライブに行ったことは?」
「内緒だよ。変に気遣われたりしたら、周りにばれるからね。演技が下手な人もいるからむやみやたらと知らせないことにしてるんだ」
要するに依頼人もあまり信用していないと。
世の中には探偵に依頼してきた被害者が、実は加害者だったという事例があるらしい。砂橋ならそういう類にも引っかかることはないだろう。
「……やたらと「フレッシュ」を連呼している歌だったな」
「最初に流れたあの曲でしょ? メンバーの名前も入ってたから自己紹介も兼ねた歌だったんだね」
なんとも主張が激しい曲だった。売れるためには個性を出さなきゃダメだと言わんばかりに果物とフレッシュが溢れていたが、別段好きとも嫌いとも思わなかった。ただ周りにいる観客の興奮具合に疲れてしまったのだ。
「コールも完璧だったのは前列の方を陣取ってた若い人達かな」
ライブの最前席に多かったのは二十歳から二十歳後半の男性だった。熱狂的なファンというものだろう。席といった物もなかったから、最前列と言った方がいいか。
もしかしたらストーカーの犯人があの最前列の人間の中にいると思っているのだろうか。熱狂的なファンがそのままストーカーになる。ありそうな話だ。
「ファンクラブがなんとか、って話してるの聞こえたんだよねぇ」
「あまり有名ではないアイドルにもファンクラブが存在するのか」
「するみたいだよ」
砂橋はやっと頼んでいたハンバーグを前にフォークとナイフを握って一口サイズに切っていった。ドリングバーの隣にあったスープバーで汲んできたコーンスープを間に挟みながら、ハンバーグを食べ始めた。
「お店のハンバーグって家で作るハンバーグと全然違うよね」
「……料理、できたのか?」
「失敬な! 料理くらいできるって!」
砂橋は心外だと言わんばかりに目を丸くして抗議の声をあげた。
俺の家に泊まりに来る時もたいてい「作って」と言って料理を作る工程には一切触れずに皿洗いなと風呂洗いなどを買って出るため、今まで砂橋は料理ができないものとずっと思っていた。
「じゃあ、何故いつも俺に作らせる」
「弾正の料理が美味しいからだよ」
「……」
悪びれもせずにそう言いながら砂橋はハンバーグをまた一口口に入れた。俺もため息をついて、グラタンを食べ始めることにした。
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