第33話 アイドル危機一髪6


 ワイシャツの上に目立たない黒いパーカーを羽織るという妥協点を見つけ、午後七時を迎えることとなった。


 砂橋は俺にライブのチケットを手渡すと、先ほどグッズ売り場から買ってきたらしいパンフレットを手に俺の隣に立っていた。ライブ会場に観客が座るような椅子はないらしい。落語の寄席などの会場しか行ったことがないので、立ったまま数時間観るというのは初めての経験かもしれない。


 砂橋は青いパーカーの下に、襟に刺繍があしらっているシャツを着てネクタイの代わりに黒のリボンタイをつけている。「リボンなんて嫌だよ」と言った砂橋に「似合いますから、お願いします!」と頼み込んだ笹川の努力によってなされた偉業だ。


「パンフレットの他にもいろいろあったのか」


 砂橋が開いているページがちょうどグッズの紹介ページだった。缶バッチ、うちわ、ハンドタオルなど様々なものがあった。五人のアイドルグループで、担当の色と果物が決まっているらしい。


「まぁね。弾正は買い物しなかったの?」

「買うつもりは毛頭ない」


 そもそも物はあまり買わない主義だ。あってもいつかはゴミとして出してしまう。本は別だが。


「でも、パンフレットは買っておいた方がいいかもよ。フルーツフィールドについて書いてあるし」

「例えばどんなことが書いてあるんだ?」


 砂橋はパンフレットを捲った。


「フルーツフィールドは、結成一年半経ったアイドルグループで、色と果物の担当が分けられてるんだ」

「それはなんとなく分かる」


 初めて見た人にも分かりやすいようにか、髪の長さと髪型はそれぞれ違っていた。


「件の人物は?」


 どこかで誰が聞いているか分からないため、このような聞き方になったが、砂橋に尋ねると無言のままパンフレット上の「桃実」と横に書かれた女性を指さした。彼女がストーカー被害に悩まされている今回の依頼人だろう。担当の色はピンクで、果物は桃。肩までの長さのふんわりとした髪は明るい茶色だ。横に書かれているプロフィールを見る。身長は女性の平均身長で、体重は秘密らしい。


「なるほど」

「みんな、可愛いねぇ~。年は二十歳前後なんだって」


 ということは全員、年下か。周りを見てみると、二十歳前後の男性が多く、かと思えば、私よりもはるかに年を取った男もいた。少ないが女性もいるようだ。幅広い客層があるのか。


「砂橋はアイドルや歌に興味はあるのか?」

「それなりに。でもまぁ、グッズとかは買ったことないし、アルバムとかは持ってないなぁ。スマホには歌とか入ってるけど」


 わざわざCDを買うまでもないということだろう。私は好きな曲などのCDは持っている方だが、砂橋はそうでないらしい。データだけだといつかなくなってしまいそうな気がするからだ。


 たとえ、ひょんなことでデータが消えてしまっても砂橋は「まぁいっか」で終わらせそうな気もするが。

 もうそろそろライブも始まるのか、砂橋はパンフレットを閉じて、リュックの中にいれた。


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