アイドル危機一髪

第28話 アイドル危機一髪1


「私のボディーガードをしてほしいんです!」

「警備会社に頼んだらどう?」


 探偵事務所セレストに午前十一時になり、来客があった。


 茶色のチェック柄の膝上のタイトなスカートに、肌色のストッキング、足には茶色のローファー。上は薄いピンク色の丸襟に、前立ての周りに小さなフリルがまっすぐついているブラウスを着た二十代前半の女性がソファーに座っていた。彼女の自分の名前を「桃実です」とだけ告げた。

 桃実の向かいのソファーに座っている砂橋さんは肩を竦めていた。確かに、ここにいる俺と砂橋さんの体格からして、ボディーガードは似合わない。


「それだと目立っちゃいますから……」

「とりあえず、どうしてここに来たのか。聞いてもいい?」


 俺はお盆にアイスティーを載せて、二人の前にお茶菓子と共に置いた。お盆を自分のデスクの隅に置いて、パソコンを開く。右を向いたら砂橋さんと依頼者の様子が見えるのでそれを確認しながら、話している内容をパソコンでまとめるのだ。


「八月の真ん中くらいから、その、ストーカーをされているんです」

「ストーカー? 例えば、どんなことをされてるんですか?」


 砂橋さんの問いに彼女は小さなショルダーバックからいくつか白い封筒を取り出した。すべて封が鋏で開けられた形跡があり、中には三つに折られた白い便箋が入っていた。


「これが、ポストの中に入っていて……さすがに気味が悪いと思って」


 砂橋さんはソファー横の小さな棚からビニール手袋を一組取り出して、手にはめるとテーブルの上に出された便箋を眺め始めた。

 便箋一枚の罫線を全て無視して、でかでかと「君のことを見ている」と書かれていた。太い黒のマジックペンで書かれた文字はどうやら定規を引いて書かれたらしい。


「これが入っていたのは、この封筒に書かれた日にちでいいの?」

「はい」


 八月十七日。砂橋さんは封筒の裏の隅に書かれている日付を見ては、封筒を日付順に並べ始めた。封筒は全部で十枚。八月から現在の九月まである。最新の封筒は昨日である九月一日だ。


「ほぼ毎日じゃん」

「そうなんです!」


 砂橋さんが日付を見て眉間に皺を寄せると桃実はテーブルに身を乗り出した。


「被害はこの手紙だけ?」

「はい」

「これなら、ストーカー規制法に当てはまるから警察に行くことをおすすめするけど?」


 確かにこの手紙の文面からして、ストーカー規制法の「監視していると告げる行為」に当てはまる。他にもつきまとう行為や面会・交際の要求、乱暴な言動、無言電話・SNSなど多くあるが、これだけでも警察に持っていくことができるだろう。


「その……大事にしたくなくて」


 テーブルに身を乗り出していた桃実はソファーに腰を下ろし、膝の上で拳を握りしめた。


「理由を聞いても?」


 砂橋さんが聞くと彼女はこくりと頷いた。


「私、アイドルなんです。知ってますか?フルーツフィールドっていうアイドルグループ」


 ネットで「フルーツフィールド」と検索する。一番上に「アイドル」という言葉が出てきたのでこれだろうとクリックすると公式ホームページらしきものがでてきた。


『果汁溢れるフレッシュ系アイドル・フルーツフィールド』


 一ミリたりとも知らない。


 メンバーは五人。果物の色と似せた名前などで呼ばれていて、赤色担当の苺果、桃色担当の桃実、紫色担当の藤、オレンジ色担当のはるか、黄色担当の奈々がいる。メンバーそれぞれの画像の後ろに配置された果物の絵を見るに、苺果が苺、桃実が桃、藤が葡萄、はるかは蜜柑、奈々はバナナらしい。

 分かりやすいと言えば、分かりやすいが……。


 砂橋さんは席を立って、俺の隣に立つと画面をしげしげと眺めると笑顔で「初めて名前を聞いたよ」と答えた。砂橋さんが敬語を使わないのは、たぶん、桃実が自分よりも年下だからだろう。


「そうですか、知らないんですか……」


 桃実は明らかに落ち込んだように肩を落としたが、すぐに顔を上げた。


「いえ、大丈夫です!これから私たちのことを知ってもらえればいいですし!」

「ポジティブだ。いいね~。それで?アイドルだからストーカーみたいなネガティブなネタで騒がれたくなくて警察じゃなくて探偵に?」

「はい。ボディガードは、たぶん大丈夫でしょうけど、とりあえず、犯人を知りたくて……ほら、まずは敵を観察することから始めようって言いますし!」


 言うのか? 世間一般でそれが常識だとは広まってない気がするんだが。


「分かった。それじゃあ、調査だね。色々話した上で何をするか決めていこう」


 しばらく話をして、桃実が契約書にサインをすると、連絡が取りやすいように仕事連絡用のスマホで連絡先を交換した。


「まず、桃実さんに協力してほしいことがあります」

「はい!」


 砂橋さんがそういうと桃実は鞄からピンクのメモ帳とシャーペンを取り出した。


「これからは手紙を触ったり開けたりする時は手袋を使ってください。できるだけ触るのは最小限に。それと何か異変があったら写真を撮るなど、証拠を残すことを心がけてください」

「分かりました!」


 桃実は砂橋さんの言ったことをきちんとメモして、元気よく返事をした。砂橋さんはにこにことしながら「それでは、明日自宅に伺わせていただきますね」と話を進めた。

 話を聞き出していくと、手紙以外にも最近SNSでの誹謗中傷もあると言っていた。ストーカーと直接関係があるか分からないため、最初は言わなかったらしいが、一応これも調べておいた方がいいだろう。

 桃実が事務所に入ってきた時よりもすっきりとした表情で事務所を去っていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る