第20話 潮騒館殺人事件20
「そもそも殺人事件起きたのに、誰も警察に通報しないとか大人としてどうかしてると思うんだよね、僕」
砂橋は「やれやれ」と両手を軽くあげて、肩をすくめた。
「もしかして、帰る手段がなくて、周りに他の人間もいない、館に閉じ込められた状態で、小説の中と同じだとでも思った? 外界との連絡が全くとれないとでも?」
俗に言うクローズドサークル。
嵐の中の孤島。土砂崩れでたった一つの道が閉ざされてしまった山の中の家。外界と閉ざされた中、事件が起こることをそう言う。その状態だと電話線が切られていたり、電波が通じてなかったりして、外界と切り離された場合がある。
今回は、帰る手段がなくとも、連絡する手段はあったため、俺たちは真っ先にそうすべきだった。
そうしようとも俺が止める手筈だったが。
砂橋は俺の方へと目を向けて、くすくすと笑った。
「とりあえず、みんな座りなよ」
「死んだと聞いていたが?」
海女月はため息をつきながら、俺の向かい側の席に座った。砂橋の近くに座ったのは、いつでも言及できるようにだろう。蝦村はほっと息をつきながら、海女月の隣に座る。
「まぁ、放っておいたら死んでたかもね」
砂橋は椅子に腰かけて、両手を組んで上へと持ち上げた。疲れたというように伸びをすると、白田が用意していたクッキーをまた口に運ぶ。
「温泉が酸性なのが間違いだったんじゃない?」
蝦村の案を否定したのは愛だった。
「いえ、あのお風呂にひいている温泉の湯は酸性のはずです」
「そうそう。だから、違うのは漂白剤の方。貴鮫さんが殺しに来る前に入れ替えたんだよ」
確かに、漂白剤の容器は風呂場に転がっていたが、中身の確認まではしていなかった。そもそも、こんなことをした輩に憤りを感じていたものの、砂橋が生きていたのは知っていたため、たいした確認もしていなかった。
さすがに性別を隠している砂橋の裸を羽田に見せないようにバスタオルにさっさと包んで自室に持っていくのには神経を削ったが。
自室に行って、なんてことないように着替えた砂橋は笑顔で「じゃあ、犯人捜し頑張って。弾正なら犯人くらい分かるよ」と言って俺の荷物の中から雨合羽を取り出し始めたのを見て、深いため息をついたのだ。
「漂白剤と入れ替えたって……事前に殺されると分かってたのか?」
「うん。まぁね」
砂橋はもう一つクッキーを取る。よほど小腹が空いたのか、それとも頭を使っているから甘いものが欲しいのか。
「僕はずっと弾正と一緒だったし、その後は蝦村さんと一緒だった。やっと一人になったのはお風呂の時だしね。殺されるとしたらお風呂でしょ。殺すとしたら犯人は分かりやすい凶器とか残さないのも分かってたし……。だから、漂白剤とか他の塩基系洗剤の中身を全部柔軟剤に変えてたんだよね」
だから、閉じ込められても平気だったのか。
なんで、扉が簡単に開かないように背を扉につけていたのか分かった。貴鮫が死を確認しに来て、死んでないのがばれないように扉を塞いでいたのだ。
「そもそもどうしてそんな危険なことをしたんだ? 本当に死んでたらどうしたんだ?」
「だって、まぁ、依頼だったし」
羽田の言葉に砂橋が頷く。
「依頼だって?」
次は俺が疑問を投げかける番だった。依頼なんて話は聞いていない。まだ砂橋は俺に隠し事をしているようだ。
そもそも、俺が犯人捜しに翻弄されている間、こいつは何をしていたのか。
「そうそう。依頼。十年前の事件の真相を暴くためにね。だから、みんなのことを呼んだのは僕なんだ」
「は?」
手紙を出したのは砂橋?
じゃあ、あの黒い手紙によって呼び出されたからと俺を誘ってこの館に来たのは全部砂橋の自作自演だったというわけか。まぁ、こいつが依頼だというのなら守秘義務があるし、仕方がないのだろう。
「じゃあ、車を爆破したのも……砂橋さんなんですか?」
白田が控え気味に右手を挙げて、発言した。
爆破されたのは、砂橋、羽田、蝦村、貴鮫、海女月の五台の車だったか。砂橋の車なので、別にいいかとその件のことはすっかり忘れてしまっていた。帰れないのも砂橋に「まぁ、連絡はとれるから笹川に迎えにきてもらうよ」と言われたので気にしなかった。
「違うねぇ。その点についてはちょっと言及したいけど、その前に依頼はこなさなきゃ」
砂橋は、両肘をテーブルに置いて、手のひらを組んで、その上に顎を載せた。
「十年前の話をしようか」
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