第16話 潮騒館殺人事件16


「海女月、そろそろ話してくれるか? 十年前の横領の件、知ってるんだろう?」

「……自殺した社員が吾妻透一なら、知っている」


 玄関から見て左の通路を抜ける時になって、海女月は言葉を選びながら話した。


「知り合いだったの?」


 蝦村の質問には首を横に振った。


「吾妻透一の遺体を発見したのが、私だ」


 その言葉に全員の足が止まる。白田や羽田や愛は事件を知らないだろうが、先ほどから話に出てくるため、察せないわけではないだろう。


「駐在警官をやっていた時にな。大家から死体を発見したという通報を受けて駆け付けたのが私だ」

「じゃあ、遺書を見つけたのも貴方なのね」

「遺書なんて知らない」


 蝦村の言葉に噛みつくように海女月が声を出した。

 遺書があったから確実に自殺だと分かったんだだろう。自分が横領をしたという告白でも書いてあったのか。


「でも、遺書が発見されたって」

「……確かにあったかもしれない。あったかもしれないが」


 海女月は、ぶつぶつと呟くとそのまままた俯いてしまった。また落ち着くまで待てばいいのか。

 こんな時、砂橋ならどうしていたのだろう。

 俺にはお前のように上手く立ち回れそうにない。


「……白田」

「えっ、な、なんでしょうか!」

「荷物を見せてくれるか?」

「あ、はい! そうでしたね!」


 白田は少し慌て気味に足を動かして、女給室の扉を開けると「どうぞ!」と顔だけ出して俺たちを迎えいれた。

 床には一週間は宿泊ができそうな淡い青色のスーツケースが立てかけてあった。


「……何をそんなに持って来たんだ?」

「えっとですね」


 白田は床にスーツケースを取り出すと、テーブルの上やベッドの上に並べ始めた。


「これはなんとコンパクトにまとめられるお茶会セットで、これはメイド七つ道具といって、お掃除や料理や裁縫の際に役立つ七つ道具が入ってます。これは乙女のメイク道具と着替えの服一式と……」


 雨合羽が一つ。大きな傘が一つ。財布。スマホ。手袋。シルクのハンカチ。

 まるで、中身が四次元かと思うほどに部屋の中に物が増えていった。


「あ、でもこれ以上は入りません! 絶妙な入れ方でぴっちりとスーツケースに入れてますから、何か増えても入れられません!」


 部屋に入ってきた時、スーツケースはしっかりと閉じていたし、何より、物が散乱しているこの部屋を見れば、それは分かりきったことだ。


「……いや、それにしても荷物多すぎだろ」

「いえいえ、これぐらいしないと羽田家のメイドは勤まりませんから!」


 貴鮫がメイド七つ道具と言われたティッシュ箱四つは入りそうなケースを開けながら言うと、白田は胸を張った。後ろで羽田がうんうんと頷いている。羽田家のメイドというのはここまでしないといけないものなのか。


「裁縫道具は分かるが……洗剤や風呂用品一式に、調味料一式はいるか?」


 メイド七つ道具と言いながらも、ケースの中には大量に物が入っていたらしい。醤油やみりん、まさかのごま油まで出てくる。洗剤も入っているらしく、なぜ一緒のケースにいれてしまっているのか心配になってくるほどだ。


「漂白剤はないな」


 貴鮫の言葉に白田が「ああ!」と頷いた。


「そうなんですよ! 入りきらなくて!」

「確かにここまで入れれば入りきらないでしょうね……」


 蝦村がため息をつきながら、スーツケースから出された時に広げられ、椅子にかかったままの予備のメイド服を畳んでいた。海女月も部屋の様子を見渡してからコンパクトにできるお茶会セットと言われたピクニックに持っていくような蓋つきのカゴの中を物色していた。本当にティーカップが入っていた。


「なんだか、ここに来て、ようやく女の子って感じの荷物が出てきて、ちょっと参ってるわ……」


 蝦村が重苦しいため息を吐いた。そういえば、今まで化粧品らしいものを見ていなかったな、と思い返す。俺の不思議そうな視線に気づいたのか、蝦村は肩をすくめた。


「あのね。化粧品っていってもお泊りでも大きなケースにいれて持ち歩いてるわけじゃないの。一回使い切りの試供品とか、小さな瓶に小分けにしていれたりしてポーチにいれて持ち運びよ。私の場合、文房具と一緒にいれてあったわ」


 蝦村の話に海女月も同意を示すように頷いていた。


 なるほど。ということはこうしてケースごと持ってきている白田の方が少数派なのか。愛は元からここにいたから、また別だろう。

 これ以上、白田の私物を見ていてもしょうがないので、愛に他の部屋へと案内してくれるように頼んだ。


「書斎は見られますか? 他の方は見てないかもしれないですし……」

「ああ、そうだな」


 少なくとも蝦村は見ているだろう。

 片づけを始めようとする白田に羽田が「後でいいだろう?」と驚きながら止めていた。

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