ボツ供養
泉井夏風
幻術士第二部序章
空術は今でこそ召喚術と呼ばれているが、いわゆる召喚という魔術は例外的な用法だったと考えられる。空間と空間を繋ぎ合わせることで魔力や言葉を、物や人を、距離という制約を超越して移動させる魔術。それが空術なのだ。我々が忘れ去った太古の文明は空術によって発展したと言っても過言ではない。数ヶ月かけて歩く道程が瞬時のものとなる世界を想像できるだろうか。我らが祖先は、そんな夢のような世界に生きていたのだ。
――『失われた空術』より
カルゲノ城で悪魔、
旅の途中にルソルさんから聞いた話によると、つい最近国王が亡くなったそうだ。その国王というのがルソルさんのお兄さん。つまりルソルさんは前の王様の弟で、新しく王様になったのはルソルさんの甥っ子になる。で、問題なのがこの甥っ子、まだ六歳だから王様の仕事ができない。そこでルソルさんの
この摂政のキンギスさんという人を嫌ってる貴族が、好き勝手させないためにルソルさんを国に呼び戻そうとした、というのが騎兵隊が俺たちのところにやってきた理由だった。
ルソルさんは騎兵隊長から色々な話を聞いて、こう判断したらしい。王様である甥っ子、アルド君が危険に晒されている。……いくら子供でも王様を君付けで呼ぶのは失礼か。アルド王は危険な状態らしい。
ルソルさんの兄弟は全員早死にしちゃったそうだ。アルド王の兄弟は五人いたけど、疫病が流行って一人だけ生き残ったらしい。つまり、ルソルさんのお父さんの子供と孫は、もうルソルさんとアルド王しかいない。
アルド王がもし亡くなると、次の王はルソルさんの従弟のキンギスさんになる。神官は王位継承権を失うらしく、ルソルさんが王様に即位することはできない。ようするに、アルド王を暗殺すると、キンギスさんは王様になれて、その子孫が王位を継ぐようになるということ。
実際に暗殺騒ぎは起きていて、アルド王は何度も命を狙われている。だから、甥っ子を守るためにルソルさんは故郷に帰ってきたんだ。
ちなみに、旅の途中でリラが魔族だってバレてしまった。エトナさんが髪を結んであげようとしたせいだ。幸い、俺の予想通り神官の二人はリラが魔族だからという理由でどうこうする気はなくて、セラ姉も普通に受け入れてくれた。
「そのうち、無理やり仕事作ってバラダソールまで遊びに行くからね」
マーヘスで別れたエトナさんはそんなことを言っていた。
バラダソールは魔族の国と交易してるらしい。そのせいか魔族への敵対心が少なくて、魔族の奴隷の扱いも全然違うってルソルさんは言ってた。
「奴隷身分であっても能力が認められれば官位と役職が与えられます。反乱を起こせないよう、魔族同士が集まることはできませんが、官位に応じた待遇を受けるため、かなりの自由が保証されていますよ」
奴隷なのに偉くなれるとか、謎すぎる。もしかして地球の歴史でもそういうのあったのかな? 高校生になったばかりの俺は外国の歴史を全然知らない。いや、日本の歴史も中学生レベルしか知らないんだけどさ。
とにかく、この制度のお陰で万が一リラが魔族だとバレても、バラダソールの宮廷では問題無いらしい。とりあえず俺の侍女として扱うそうだ。
「リラはそれでいいの?」
「レイジさんに救われた命ですから、レイジさんにお仕えしたいと思います」
「制度上の建前だからね? 俺は対等な立場だと思ってるから」
そう言った時にリラが寂しそうに微笑んだのが印象的だった。
そうそう、旅の途中に『幻術の実践』も読み終わり、中等幻術を全部修得した。
バラダソールはなんと言うか、エジプトっぽい雰囲気だった。いや、エジプトのことよく知らないんだけど。ネッサ宮殿に入ると、ルソルさんの姿を見て貴族たちが動揺していた。摂政のキンギスさんにいたっては、ルソルさんに対してあからさまに敵対心を抱いてるみたいだった。事前に聞いてた話の通りなら、そりゃそうだよね。
宮廷はキンギス派と反キンギス派に分かれてるそうなんだけど、反キンギス派は全然一枚岩じゃないとか。その中のごく一部がルソルさんを頼ってきた。だから、ルソルさんが帰って来たことに反発してる貴族も多そうだ。何よりルソルさんは神官。宮廷に寺院からの介入があるんじゃないかって心配してるみたいだった。
神官が国の高い地位にいると、寺院の側も色々やりにくいらしい。王族が神官になると寺院では出世できないんだとか。だからルソルさんは助祭だったのか。
でもルソルさんは俺に、自分が摂政になるって言った。前例があるから可能らしい。そのためにはキンギスさんの悪事を暴いて失脚させないといけないみたいだ。うーん、いきなりどろどろした政争が始まってしまった。
ルソルさんは反キンギス派の貴族たちに会っては説得して回ったみたい。アルド王の護衛、近衛長官のパラジャンディという人にも会った。この時は俺も一緒だった。パラジャンディさんは強化術と障壁術の達人で、アルド王の暗殺もこの人が防いできたんだとか。俺とセラ姉はルソルさんの護衛ということになってる。それで同行したんだけど、アルド王の暗殺を阻止するための対策会議になった。
王の叔父に当たるルソルさんは立派な部屋を宮殿内に用意された。俺とセラ姉とリラはルソルさんの部屋と廊下の間の部屋があてがわれた。小部屋が付属してるから、リラはそこで寝起きする。同室なのをいいことに、セラ姉は前にもまして俺にベタベタしてくる。さすがにちょっと慣れてきてしまった。
宮殿に来てからのルソルさんは、優しい学者風の顔じゃなく、威厳にあふれた王族の顔をしていることが多い。
「レイジ様。王宮という場所柄、上下関係はついてしまいますが、今までと同じように接してください」
「だったら俺に様をつけるのもやめてください」
この国じゃルソルさんはすごく偉い。様付けされてるところを誰かに聞かれたら大変だ。
「わかりました、レイジさん。ただ、公の場では身分差を考慮して話すのを許してください」
まぁ、当然だよね。
「そんなことで気を悪くしたりはしないですよ。そもそも、様付けされてたのだって居心地悪かったんですから」
そう言うと、ルソルさんはちょっと笑ってた。
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