文芸部の幽霊とぼく

アオイ・M・M

文芸部の幽霊とぼく その①

保泉ほづみ第一高校の文芸部には幽霊がいる。


――ぼくはその日、その実在を確信してしまった。



さて、事の発端はおおよそ2カ月前にさかのぼる。


保泉ほづみ第一高校の文芸部には幽霊がいる。

転校生であるぼく、大希おおきのぞみの耳にもその噂は届いていた。


より正確に言えば届いてはいたが、ぼくはそれを一笑に付したのだった。

この科学万能の時代に幽霊だなんて、と。


なんなら見たことがないので見てみたいとすら思っていた(し、今も思っている)。


きみは『幽霊の、正体見たり枯れ尾花』。

という有名な慣用句を知っているだろうか?


これは横井よこい也有やゆうの俳文集にある『化物の、正体見たり枯れ尾花』が元ネタらしい。

まあ、ネットでそう言われていたのを聞いただけです。

ぼくはその横井なにがしの俳文集を読んではいないのだけれど。


あるいは〝シミュラクラ現象〟という言葉を聞いた事は?

人は最低3つ、点が並んでいるとそこに「顔」を見出してしまう。

という脳の働きのことらしい、まあこれもネットで知った知識だけれど。






(∵)



ほらこれ、顔に見えないかな?



……ともあれ、ぼくはそんな風な、「居るなら出てこい」という心積もりで。

保泉第一高校ヅッコーの文芸部に入部届けを出したわけだった。



加えてぼくは別に運動が好きなわけでも、スポーツに打ち込んでいるわけでもなく。

そもそも年度途中の転校生なんて中途半端な部員はどこも欲しがらないだろう。


部活などせずにさっさと帰ってしまえば、というわけにもいかないところが辛い。


保泉第一高校の生徒手帳に記載された校則には

「全テノ生徒ハ何レカノ部活ニ所属シ、其ノ学園生活ヲ充実サセ得コトヲ望ム」

という素晴らしくも時代錯誤な一文があるのであった。


改則してくれ。


時代を考えろ。


まあ、現状としてそのように校則がなっているのは仕方がない。

ぼくは革命家でもなければ無法者でもないので。

生徒会室の扉前に置かれたほこりをかぶった目安箱に意見を投げ込みつつ。

社会の歯車としての義務を果たす事にしたのだった。


そんなわけでぼくは文芸部に入部届けを出したわけだ。

厳密に言うと担任の教師に、だけど。


その場で「やめた方が良い」「あまり良い噂を聞かない」などの決まり文句を吐かれるのは予想できていたのだけど、事実は小説よりも奇なり。


ぼくは入部届けをすげなくつっかえされ、担任教師にこう言われたのだった。



「――じゃあ、ええっと。

 あれ福井先生、手順どうなってましたっけ?

 ……ああ、そうか、そうだった。


 読書感想文を原稿用紙10枚程度で1つ書いて。

 USBメモリに保存してから入部届けと一緒に文芸部の受付箱に入れなさい。

 文芸部室の入口の脇の壁に取り付けてあるやつ。


 あ、連絡用にメールアドレスか電話番号を記載するように。

 もちろん学年と名前もだぞ。


 それで連絡が来るから」



あれ? 入部試験があるなんて聞いてないんですけど。




ネットに転がっている適当な感想文を真似コピペしようかとも思ったけれど。


見るのは御年配ごろうじん教師陣コモンではなく文芸部の生徒である可能性もある。

つまりネットを触れる世代、こっちがそれをやれば見破られる可能性が高い。

なんだかそれは負けたような気がして悔しいし、見る人の性格次第では詰むアウトだ



仕方なく、真面目に書く事にした。

そもそも文芸部を所属先に選ぶくらいなので文字に触れるのは嫌いではない。


題材でやや悩む、改めて一冊読むのも億劫だし……。

と、5分弱悩んで既に読んだことのある本で書くことにした。


世界的に有名な〝シャーロック・ホームズ〟の1冊、『バスカヴィル家の犬』。

最初読んだのは小学生時で記憶は曖昧だが、何もないところから始めるよりはいい。


学校帰りに市営図書館に寄って、30分ほどかけて斜め読みで内容を再確認した。


で、細かなメモを取った上で帰ったぼくは4時間半ばかりかけて、どうにか文芸部に出す感想文を完成させたのだった。


しかし原稿用紙10枚程度って。

やけにハードル高くないですか?

小学生の時以来ですよ原稿用紙なんか見るの。

いや今回も文字数が知りたいだけなので現物は見ないですけど。



ネットで検索したら400字詰めと200字詰めがあるらしい。

文芸においては400、脚本においては200がスタンダードとのこと。


……ようは要求4,000字じゃん、多いよ?!



ともあれ、賽は投げられたAlea iacta was thrown


USBメモリをやたらとアクセスの悪い文芸部の部室(なんで第3棟にあんの)まで行って鍵付きのBoxに投げ込んだのは、入部を決意した翌日のこと。



そしてその日の夜、ぼくはノートパソコンのメールソフトメーラーが、学校指定のアドレスから1本のメールを受信していたわけで。


仕事はやいなおい。




**ようこそ文芸部へ**


大希望さん、あなたの入部を歓迎します。

保泉第一高校文芸部の活動内容は以下の通りです。


1.本を読む事(種類は問いませんが文章主体のものとします)

2.読んだ本の感想を文芸部ブログに投稿する事(字数は問いません)

3.投稿は最低で1ヶ月に1本程度とする(毎日でも構いません)

4.ただし受験性、公試中など、一部の期間は2か月に1本を最低数とする



部室への出席は任意ですが、文芸部ブログへの投稿さえ行えば不要です。


文化祭における出店はありませんが、ブログに投稿された感想文の中から希望者のものを使って各種の感想文募集大会に年間数回参加する事になっています。


文芸部ブログURLおよび投稿用パスワード、年間スケジュール

文芸部部員リストは添付資料を確認してください。



文芸部部長・砂際 夜羽





簡素な、今時珍しいくらいストイックな。

顔文字や絵文字を含まない連絡事項に終始したメール。

その1通のメールが、ぼくの文芸部入りを確定させたわけで。

つまりそれがぼくの数奇な運命というと大袈裟な、学園生活の第一歩だったわけだ。




そのあとの数日、ぼくはざっくりと文芸部ブログを見てみた。

部員数は8、ぼくを入れて9名。


設立から3年目とまだ歴史は浅いようだけれど、2度程は感想文大会に入賞した実績もあるようだ。


このご時世だからか顔写真をブログ上に出したりするようなやからはいない。

接続IDとパスワードは1人に1つ、HNハンドルネームはログイン後に自由に設定できる、か。

ブログへの投稿はHNでのみ行われ、部員同士でも投稿者の本名はわからない。

まあ、投稿日時などから学年を推測する事はできるが、その程度だろう。


別途メールに添付されていた部員リストも年・組と氏名だけの簡潔なもの。

読み仮名や性別すら記述が無かった。



それから1カ月が過ぎた。


転校後に友人を作るコツは下手に張り切らない事だ。

ここで張り切って空振りすると目も当てられない。

父親の転勤について転校を繰り返してきた大希望ぼくは知っている。


下手に張り切らず、クラスメートを観察する。

クラスの中心人物になっている一人を見定め、それとなく仲良くするのがコツだ。


9割方これで乗り切って来たし、今回もぼくは一応の成功を収めていた。


開き直って自認するが、ぼくは決して陽キャではないしコミュ強でもない。

かと言って一匹狼を気取る気はないし。

孤独でもいいと思えるほど突き抜けてもいない。


そんなわけでぼくは、それなりに内心必死だったのだ。

転校によってやり直すリセットすることももうできない。

転勤を繰り返していた父親もついに昨今のリモートワークの流行で腰を据えた。

転勤はもうない、苦労をかけたな望、と感慨深く言って来た。


ある意味では逃げ場がなくなったとも言える。

逆に今回はここを乗り切れば卒業までの約1年半、充実した青春が約束される。

はずだ。

という目論見でぼくはがんばったのだった、おわり。



――そして転校から2カ月目のある日。

ぼくはスマートフォンを眺めながら酷く険しい顔をしていた。




大希ダイキっち、眉間にシワ寄ってっぜー?」


教室で自分の机に腰かけて渋面になっていたぼくに、そう声をかける人がいた。


小鳥遊たかなし明日菜あすな

件のクラスの中心人物でありバリバリの陽キャである女子生徒。


眉間をぐりぐりと左右の人差し指で押さえながら小鳥遊が苦笑している。

ぼくも苦笑を返しながら、肩をすくめて見せた。



「まあ、ちょっと。

 ところで小鳥遊の方こそうんうん唸ってなかった?」


「うひひ。ばれてーら。

 いやあちょっと設定が上手く行かなくってさぁ」


卓上の液晶端末タブレットを軽く指先で叩きながら小鳥遊が肩をすくめる。

日本人はあまりやらないこの仕草ジェスチャーは彼女の悪癖である。

ぼくはこの仕草をわざと真似して見せることから彼女に近づいた、というと妙に聞こえが悪いな。

とりあえずこちらの悩みはさておく。

こういう場面で貸しを作っておくのもクラスで立ちまわるコツである。


彼女の示す液晶端末の表示を眺める、見覚えのある画面が見えた。


「あー…、これ、拡張子が使えないやつ」


「マ~ジで?

 困ったなこれ明日の夕方までにできるって請け負っちゃったよ」


「何のやつ?」


「バイト先のBGM」


「ん~、変換ソフトにぶち込めば変換できるけど」


「それ、音質低下したりしませんにゃ?」


恐る恐る、という調子で小鳥遊が訪ねる。


する。

するのであるが。


「幸いな事にぼくがソフト持ってるんだよね…。

 プロ用の良いやつ、手直しもできるよ。

 ぼくの腕を信じてくれるならだけど」


「たすかるー! 信じてたよ大希っち!!

 任せる任せる信用するする!!」



大袈裟な手振りで彼女が喜びをアピールしてくる。

悪い気はしなかった。


何を隠そう彼女とぼくの間には共通の話題がある。


DTMデスクトップミュージックの打ち込み。

つまりパソコンで(今となっては液晶端末タブレットでやる事が多いが)作る音楽だ。


彼女のDTM歴は約1年、対してぼくの場合は父の影響で約4年半。

都合のいい偶然ではあるがこれは非常に大きな武器になった。


同好の士ということで彼女の信頼は既に勝ち取り済みだが、ダメ押しだ。

ここは貸しを作っておくに越したことはない。



「おっけー。

 じゃあデータを貰って帰る」


と、制服のズボンスラックスに突っ込んだ手が何もないそこを漁る。

……あれ?


常に持ち歩いているUSBメモリの感触はそこにはなかった。

ポケットを裏返してみるが出てこない。

なんでや。



「どった?」


「いや……、あれ? ああ!」



記憶を漁って心当たりに気づく。

DTMerの嗜み(かどうかはさておき)として持ち歩いていたぼくの相棒USBメモリ

あいつは文芸部への入部試験用に提出してそのままだった。


事ある毎に思い出してはいたのだが。

何せ転校からまだ2カ月である。

あれこれに忙殺されて回収をすっかり忘れていたのだ。


これはある意味でいい機会。



「USBメモリ、たぶん部室だ。

 ちょっととって来る! 少し待ってて!」


「あいあー」



奇妙な小鳥遊の了承の声に見送られ。

ぼくはきびすを返して駆け足で教室を出た。


目指すは第3棟、教室のある第1棟、各種部室のある第2棟の更に先。

俗に旧校舎とも呼ばれる教室群。





思えば入部届を出す時以来、第3棟には入っていなかった。

なにせ部室に顔を出す義務すらない上に、第3棟は遠い。


様々な部の部室の集まる第2棟にはまだまだ空き部屋が見受けられる。

文芸部の部室がなぜ第3棟にあるのか、転校生であるぼくは知らない。


微妙に色褪せた、第1棟とはまるで違う景色を見せるそのドアに手をかける。

開けようとして、気を取り直してまずはノックを1つ。


数秒、どころか数分に近いだけの間があって、




「——どうぞ」


と女性の声がした。




「失礼します。

 文芸部に先々月に入部しました、大希おおきのぞむです」


そう名乗る。

のぞみ、が戸籍に記された正しい読みだが一身上の都合というやつだ。

あんまり好きじゃないってだけだけどさ。


幸いにして文芸部の部員名簿には読み仮名がない。




だだっぴろい部室には1つしか机が無かった。

他にも机はあるようだが脇に寄せて積み上げられていた。


そしてそこに、彼女が座っていた。



後に一言では言い表す事のできない関係性を持つ相手。

文芸部部長、砂際さぎわ夜羽よはね


文芸部の幽霊ゴースト



その時、ぼくは初対面での印象を深くするため、言葉を選び、そして言った。




「——幽霊って信じます?」


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