第48話 覆水盆に返らず
1
「ずっと忘れてて、ごめんなさい」
「しょうがないよ、物心つく前のことなんて、憶えてないのが当たり前なんだから」
散々泣きあった私たちはベンチに落ち着いた。それから一家離散のいきさつを聞き、再び涙が出そうになった。
「僕もきつく当たってごめん」
「廊下ですれ違って無視された時は正直泣きそうになりました」
「あぁ、本当にごめんよ」
「それで、その……なんて呼べばいいですかねぇ。は、春樹お兄ちゃん?」
「今まで通りでいいよ。その呼び方は、なんか耳がかゆくなる」
「あはは、私もなんだか口がムズムズします。じゃあ、とりあえずは春樹先輩で」
「うん」
「小春、大きくなったね」
「いやぁ、そりゃ、高校生ですから……」
「……」
「……」
どうしよう。
いざ本当に血の繋がったお兄ちゃんだと分かった後じゃ、なにを話していいのか分からないよ。
今までみたいな感じでぐいぐい行くのは、兄妹だとアウトだろうし、でも今さらお兄ちゃんって感じで接するのもなんか違う気がするし……
十数年ぶりに再会した兄妹ってどういう距離感が正解なんだろう。
今日は懐かしい、悲しい、嬉しい、と感情の波が激しく上下しすぎて、頭が回らない。とりあえず、私は気になっていたことを質問することにした。
「でも、どうしてずっと黙ってたんですか?」
春樹先輩の視点では、私が妹だということは最初から分かっていたはず。妹だから付き合えないし、妹だから邪険に扱うこともできない。
そこまでは分かる。
疑問なのは、どうしてそれを隠していたのか、ということだ。
別に隠すようなことではないし、むしろ、春樹先輩からしたら生き別れの妹に会えたのだから、そのことをすぐに伝えるのが自然なんじゃない?
「それは……」
春樹先輩は口ごもる。その表情はどこか寂しげで、なにか事情があることを示唆しているようでもあった。
「とりあえず、お母さんにも、お兄ちゃんがこの街にいるって教えておきますよ」
「あっ、それはダメ」
「え? なんでですか? っていうか、もう一緒に暮らしましょうよ。私から話しておきますから」
少なくとも、母親は同じなのだから、半分は華山家の人間といっても過言ではないのでは……過言か。
でもせっかく再会できたんだから、母にも伝えることが筋だろう。
「いや、実はお母さんからもその話は出てたんだ。こないだも、お金のこととか、心配してくれて」
「え?? 会ってたんですか?」
「うん、ちょくちょく」
母は春樹先輩がこの街にいることを知っていた?
「じゃあ――」
「でもそれは大丈夫。本当に、心配しないで欲しい」
「はぁ」
春樹先輩は焦っているようにも見えた。
2
「じゃあ、また連絡するよ」
「はい」
私たちは別れ、私は再び駅に戻る。
今日はいろいろなことがあったなぁ。
あの一枚の写真から、まさか自分がここまで複雑な人生を歩んでいることが分かるなんて、思ってもみなかったよ。
両親の離婚で生き別れになった兄妹。
そして私は母に引き取られた……
ということはつまり、華山家の父は本当の父ではない、ということになる。私は母の連れ子だったのか。
影山家の離散の話を聞いた時から、このことが頭に浮かんでいた。考えないようにしていたけど、一人になるとそれがどんどん大きくなって、目を背け続けることができなくなる。
私は連れ子。
本当の兄に会えた喜びも、このショックによって相殺される。
「……お父さん」
優しかった父――華山元気は、血の繋がらない赤の他人だった。それが今になって重くのしかかる。
父との思い出が蘇る。
動物園に行って、水族館に行って、キャンプをして、喧嘩もして、いつも疲れた顔で帰ってくる父を振り回していた子供時代。
家に帰った時、私は父のことを「お父さん」と呼べるのだろうか。「お父さん」と、呼んでもいいのだろうか。
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