第17話  チラリズム

 1



 六狐から肉を死守しつつ、ジンジャーエールを飲んでいると遠藤がやってきた。


「うるさいのが来た」と六狐は顔をしかめる。


「いやぁ、勘違いでよかったぜ。あいつとの今後の付き合い方を変えなきゃいけねぇところだった」


有月ありつきくんがロリコンって話? 違ったの?」


 六狐が尋ねる。


「詳しく聞いたらよ、なんか知り合いの子供の面倒を押し付けられただけなんだってさ」


「ふーん、大変だねぇ」


 そう言って六狐は席を立つ。


「どこ行くんだよ」


 遠藤が彼女の方を振り返ると、「お手洗い」と簡素な返事。


「そういや影山、今日は華山小春にプレゼント貰ってたよなぁ」


「え? 見てたの?」


「お前らやっぱり付き合ってんじゃねぇの? あれ引退祝いのプレゼントだろ」


「ただのお守りだよ。ほら、合格祈願のやつ」


 僕は財布に入れておいたお守りを出してみせる。


「てかなんで付き合わないんだよ。はたから見たらカップルにしか見えねぇぞ?」


「理由があるんだよ」


「だから理由ってなんなんだよ」


「えっと、その」


「いい加減教えてくれたって……あっ!」


 すると遠藤は何かに気づいたように、はっと真顔になる。そして僕から少し距離を置き、


「お、お前、まさか……」


「なんだよ」


 遠藤は声を落として、


「ロリコンなんじゃ……」


「っ!」


 いきなり何を言い出すんだ。


「そうか、そういうことだったのか。そりゃ、女子高生なんかに興味がないわけだ」


「ちょっと待ってよ。ロリコンは有月って話でしょ」


「誤解だって言ってんだろ」と遠くの方の席からツッコミが届いた。


「もはやそうとしか考えられる理由がねぇ」


 そう言って遠藤はうんうん頷く。


 なんてことだ。


 おそらく有月のロリコン疑惑騒動が遠藤の頭に残っていて、そこから連想したのだろう。とんでもない貰い事故じゃないか。


 言うに事欠いてロリコンて。


 小さい子供に欲情する犯罪的な嗜好が僕にあるわけがない。子供はたしかに可愛いけれど、そこに性欲を催すのは異常だ。


「いや、いいんだ。人の趣味は人それぞれだからな。百人一首だ」


 それを言うなら十人十色では?


 いや、そんなことよりもロリコン疑惑はまずい。もしここで誤解が解けなければ、僕の平和な学校生活が脅かされる危険大だ。


「僕はロリコンじゃないから」


「だって、彼女も作らねぇ、美少女の告白も断るってなったらよぉ、ロリコン以外に納得のいく理由がないぞ」


「くっ……」


 しょうがない……


「それは……じゃあ、言うけど、華山さんには、いや、誰にも絶対に言っちゃだめだよ?」


「おう。男の約束だ」


 ほかのみんなは焼肉に夢中だし、聞こえないはずだ。遠藤はおしゃべりでお調子者だが、義理堅い面もある。しっかり念押しすれば面白半分に吹聴することはないだろう。僕は遠藤の大きな耳に顔を寄せる。


「実は――」



 *



「――ってことなんだ」


「はぁ? なんだそれ。そんなことかよ」


「いや、自分が僕の立場だったらって置き換えてみて、いろいろ想像してみてよ」


 僕がそう言うと、遠藤は少しの間無言になり、やがて梅干を口に入れたかのような酸っぱい顔になる。


「色んなシチュエーションで」


 遠藤はどんどん険しい顔になる。


「あー、そういうことか、なるほど、あー」


「そ、そうなんだ」


「なるほどねー、これはたしかにきついなー」


「ね?」


「ちらつくなー、でも俺だったら……愛があれば、いや、厳しい……」


 遠藤はうんうん頷く。


「分かってくれた?」


「ああ。そういうことだったのか。なんか、悪かったな、影山」


 げんなりした顔で遠藤は言った。


「いや、いいって」


 遠藤は納得してくれたようだ。この『理由』に少しだけ自信がついた僕だった。


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