第7話 嗜好調査
1
「どう? 先輩は落とせそう?」
休み時間になって、美月が尋ねてきた。
「うーん、なんだかなぁ」
「その様子だと難航してるみたいね」
「私ってもしかして可愛くないのかなぁ。いやそれはない」
「……」
七月半ば。先輩に告白してから、二週間が経とうとしていた。
太陽がぎらぎらと輝き、蝉の声があちこちから聞こえる。夏は恋の季節というけれど、私の恋は果たして成就するのだろうか。
ほぼ毎日先輩の下に赴き、アタックを仕掛けているが、いまいちどうも手ごたえを感じない。私に女としての魅力を感じない男なんて存在しないはずなのに。
春樹先輩も私が迫れば顔を赤くしたり、どぎまぎしたりするので、私のことを女として意識してはいるはずなのだ。
それなのに、どうしてか私たちの仲は進展していない。
まるで道のはずれに立つ地蔵のように、じっとその場から動かないのだ。
かといって、仲が悪くなっているということでもなく、部活終わりに遊びに誘ったりすれば春樹先輩は応じてくれる。ただ、なんだか仲のいい友達や兄妹みたいな感じで、全然恋人ムードにならない。
「攻め一辺倒だったら、相手が引いちゃうかもね。あんた、いつも犬みたいにくっついて回ってるでしょ?」
「うん」
攻撃は最大の防御だ。
「はあ、やっぱりね。それじゃ全然だめよ」
「あ、押してダメなら引いてみろってやつ?」
「そこまでシンプルな話じゃないけど、結局のところ恋愛ってのは相手の弱点、すなわち好みを理解してないといけないと思うわけよ」
「ふむふむ、続けて?」
「おとなしい子が好きな男の人相手にがっついてもドン引きされるだけだろうし、かといって派手派手なギャルが好きな男の人に清楚な女を演じてもつまらないと思われるだけでしょ」
「なるほど」
「だから、どうせ先輩にくっついて回るんなら、先輩の好みに合わせた振る舞いや格好をした方が効果的って話よ」
「つまり、春樹先輩の嗜好を調べるところから始めるわけね。さすが美月ちゃん。恋愛上手」
「ほめるなほめるな」
美月はおとなしめな見た目のくせに男をとっかえひっかえしてる魔性の女である。かわいさは私ほどではないが、パーソナルスペースが非常に狭く、ボディタッチも多めのため、男の人と絶妙な距離感を作るのが上手いのだ。
美月とは高校に入学して初めて知り合ったが、彼女の同中の娘によれば、中学時代は彼女を巡って一部の男子の間で戦争が起きた起きなかったとか。
「よーし、じゃあまずは春樹先輩の嗜好調査から始めるよー」
「頑張んなさい。それにしてもあんた、なんであの先輩が好きなわけ? 今更だけど」
「前にも言ったじゃん、ナンパされてるところを助けてくれたからだって」
「でもそれは知り合ったきっかけにすぎないんでしょ?」
「それはそうだけど」
「確かに顔は悪くないけど、あんたがそこまで固執するぐらいの魅力があるかなぁ」
「なんだろうなぁ、それから偶然同じ委員会に入って、学校の中でも接点ができ始めたんだよ。それで、会ううちにだんだん好きになっていったんだけど。なんかこう、言葉じゃ言い表せないんだよ。波長っていうのかなぁ。なにかこう、惹かれるものが春樹先輩にはあるんだよ」
これは本当に何なんだろう。
春樹先輩と一緒にいると、ほわほわと温かい気持ちが胸いっぱいに広がり、とても心が安らぐのだ。こういう感覚になるのは春樹先輩だけ。この心地よさの正体はきっと、遺伝子レベルで私と春樹先輩の相性がいいという証明に違いない!
「フェロモンてやつかしら」
「うーん、よく分かんないけど、今の私には春樹先輩以外は考えられないよ」
「そう。じゃあ、私は影から応援してるわ。影山先輩だけに」
「……全然上手くないけど!?」
2
お昼休みになった。私はいつものように春樹先輩を連れ出し、中庭の木陰でお弁当を食べる。
「な、なに?」
「お気になさらず」
私は春樹先輩をじっと見つめる。
線が細く、陰のある先輩だけれど、やるときはしっかりやるし、そのギャップがまたいい。指も白くて綺麗で……じゃなくて、先輩に見惚れるんじゃなくって、好みをリサーチしなきゃ。
「春樹先輩って好きな芸能人とかいます?」
「え? 芸能人?」
「はい」
「なに、突然」
「やだなぁ、ただの世間話ですよ」
相手の異性の好みを知るためには、この話題が一番無難だろう。思春期男子には好きなアイドルや女優がいて当然。きゃぴきゃぴのアイドル系か、それともしっとり妖艶な美人女優か、はたまたスタイル抜群のモデルかな?
まあどんな女性芸能人の名前が挙がっても、私の方が絶対可愛いんだけどね。
春樹先輩は斜め上に視線を向けて、
「そうだなぁ、嵐とか好きだけど」
「え? 嵐ですか?」
予想外の答えだ。
「うん」
「いや男じゃないですか……はっ!」
その時、私は自分がとんでもない思い違いをしているのではないかという可能性に思い立った。
改めて、私、華山小春は美少女だ。それもそこらのアイドルじゃ歯が立たないレベル、千年に一人いるかいないかの美少女。
そんな私に迫られて断る男子なんて、存在しない。存在する方がおかしいのだ。
どうして春樹先輩が私になびかないのか。その答えはまさか……
すでに彼女がいるわけでもないし、かといって誰かに片思いしているようでもない。となれば、考えられるのはもう一つしかないではないか。
点と点が繋がった。
かたくなに私の想いを断り続ける春樹先輩……
「あ、嵐の誰が好きなんですか?」
「そうだなぁ、翔くんとか好きだよ。サクラップかっこいいし」
くん付けかい。
「へ、へぇ」
「ダブルパーカーも言うほどダサくないってか、むしろおしゃれだと思うんだ」
「そ、そうなんですね」
目を爛々と輝かせ、嵐の良さを語る春樹先輩。
「しやがれも面白いんだけど、宿題くんは続けてほしかったなぁ」
「ははっ、そうですね」
私の中で疑惑がどんどん膨らんでいく。
もしや、春樹先輩は男の子が好きなのでは!?
そうなら、私の告白を断った理由にもなる。
や、やばいよ美月。
いきなり問題発生だよ。
この場合はどうしたらいいんだぁ~。
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